1989巨人ドラフト選手成績分析 大森剛、川辺忠義と3位吉岡雄二の通算131本塁打

巨人

YOMIURI GIANTS DRAFT HISTORY · 1989

本指名6人全加入+ドラフト外6人/全12プロフィール

対象:1989年ドラフト・関連加入組 / 資料確認日:2026年10月31日

1989年の巨人は本指名6人に加え、ドラフト外でも6人を迎えた。1位大森剛と2位川辺忠義の一軍実績は限られた一方、3位吉岡雄二は移籍後に打線の一角へ成長した。ドラフト外の柏田貴史、出口幸夫にも長く一軍で働いた時期がある。巨人での成果と、他球団へ広がったキャリアを分けて振り返る。

1989 YOMIURI GIANTS DRAFT

1位

大森剛

指名・在籍
1989年巨人1位指名/1990年からNPB選手在籍
守備位置
内野手・外野手(指名時は内野手)
投打
右投左打
生年月日
1967年8月4日
入団前の経歴
高松商 → 慶応大
NPB選手在籍
読売 1990〜1998年 → 近鉄 1998年 → 大阪近鉄 1999年
身長・体重
188cm/96kg(NPB掲載値)

指名資料は内野手、1990新人名簿では外野手。公式選手年は1990年〜1998年途中巨人、1998年途中〜1999年近鉄系列。1998年の両在籍を保持し、一軍実記録は近鉄だけと区別。1994年、1998年巨人、1999年は一軍未出場。

打撃成績(クリックで開閉)
大森剛 打撃成績(年度別・通算)
年度 年齢 所属球団 一軍
試合 打席 打数 得点 安打 二塁打 三塁打 本塁打 塁打 打点 盗塁 盗塁刺 犠打 犠飛 四球 死球 三振 併殺打 打率 長打率 出塁率 OPS
1990 23 読売 38 55 48 4 7 2 1 1 14 6 0 0 0 0 7 0 14 0 .146 .292 .255 .546
1991 24 22 24 24 1 4 0 0 0 4 0 0 0 0 0 0 0 5 0 .167 .167 .167 .333
1992 25 2 2 1 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 1 0 0 0 .000 .000 .500 .500
1993 26 4 10 9 2 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 1 0 2 0 .000 .000 .100 .100
1994 27 一軍公式戦の当種目記録なし
1995 28 18 31 29 2 5 1 0 1 9 3 0 0 0 0 0 2 4 0 .172 .310 .226 .536
1996 29 14 45 37 5 7 2 0 2 15 2 0 0 0 0 8 0 10 0 .189 .405 .333 .739
1997 30 25 31 26 2 4 0 0 1 7 4 0 0 0 2 3 0 3 0 .154 .269 .226 .495
1998 31 一軍公式戦の当種目記録なし
近鉄 9 23 21 1 2 0 0 0 2 1 0 0 0 1 1 0 3 1 .095 .095 .130 .226
1999 32 大阪近鉄 一軍公式戦の当種目記録なし
通算 — 全所属球団 132 221 195 17 29 5 1 5 51 16 0 0 0 3 21 2 41 1 .149 .262 .235 .497

年齢は各成績年度の翌年4月1日時点の満年齢。通算と生年月日未確認の場合は「—」。

一軍年度別・通算はNPB公式の全掲載項目を使用し、同年移籍は球団別に表示します。2003年以前の指名組のため二軍成績は掲載しません。

原表の空欄・非掲載・本人行なしを区別します。

以下の出典には、この年の指名・獲得区分や在籍名簿の照合資料も含みます。

OPSは整数原値から出塁率と長打率を計算・加算し、最後に小数第3位へ四捨五入した独自計算値です。

打撃成績の出典:1234567891011121314151617181920212223242526272829303132333435363738394041424344454647484950515253545556575859606162636465666768

守備成績(クリックで開閉)
大森剛 守備成績(年度別・守備位置別)
年度 年齢 所属球団 守備位置 一軍
試合 刺殺 補殺 失策 併殺 守備率
1990 23 読売 一塁手 1 4 0 0 0 1.000
外野手 11 11 0 0 0 1.000
1991 24 1 1 0 0 0 1.000
1992 25 — 確認した守備表に本人の記録なし
1993 26 一塁手 2 11 0 0 0 1.000
1994 27 — 確認した守備表に本人の記録なし
1995 28 一塁手 8 53 4 0 4 1.000
1996 29 13 92 4 0 9 1.000
1997 30 2 4 1 0 1 1.000
外野手 4 3 1 0 0 1.000
1998 31 — 確認した守備表に本人の記録なし
近鉄 一塁手 8 47 3 1 4 .980
1999 32 大阪近鉄 — 確認した守備表に本人の記録なし

年齢は各成績年度の翌年4月1日時点の満年齢。通算と生年月日未確認の場合は「—」。

守備は年度・球団・守備位置ごとの原掲載項目を使用しています。原表の空欄や非掲載を0で補わず、位置別の試合数を合算しません。

2004年以前の守備は2689webの年度別原表を参照しています。原サイトにない項目は補いません。

守備成績の出典:1234567891011

1位大森剛は慶應義塾大から加入した。初年度の1990年に38試合へ出場したが、48打数7安打、1本塁打、6打点、打率.146。試合数と打席数は、この38試合、55打席が年間最多のままとなった。早い段階で一軍に出たものの、その後に出場機会を大きく広げることはできなかった。

1991年は22試合、24打数4安打、1992年は2試合、1993年は4試合と出場が減った。1994年は一軍出場がなく、1995年に18試合で1本塁打、1996年に14試合で2本塁打、1997年に25試合で1本塁打を記録している。年をまたいで長打は残したが、年間で多くの打席に立つ形にはつながらなかった。

1998年の一軍実績は移籍先の近鉄で9試合、21打数2安打。選手在籍は1999年まであり、通算132試合、29安打、5本塁打、16打点、打率.149となった。巨人時代は123試合、27安打、5本塁打。大学出身の1位指名として入った打者の評価は、初年度の出場数より先へ伸びなかった打席の量に表れている。

1989 YOMIURI GIANTS DRAFT

2位

川辺忠義

指名・在籍
1989年巨人2位指名/1990年からNPB選手在籍
守備位置
投手(指名・加入時)
投打
右投右打
生年月日
1968年4月30日
入団前の経歴
秋田工 → 川崎製鉄千葉
NPB選手在籍
読売 1990年 → 1991年(準支配下)→ 1992〜1995年 → 日本ハム 1996〜1997年
身長・体重
193cm/95kg(NPB掲載値)

NPB公式名簿は1994年まで川辺忠義、1995年から川邉忠義と記す同一ID。選手年は1990〜1995年巨人、1996〜1997年日本ハムで、このうち1991年は公式準支配下として明示。補完名鑑1990にも準支配下記載があるが、公式が1990年に同区分を明記しているわけではない。実一軍は1996年日本ハムだけで、通常投手の打撃表は非掲載。

投球成績(クリックで開閉)
川辺忠義 投球成績(年度別・通算)
年度 年齢 所属球団 一軍
登板 勝利 敗北 セーブ H HP 完投 完封勝 無四球 勝率 打者 投球回 安打 本塁打 四球 死球 三振 暴投 ボーク 失点 自責点 防御率
1990 22 読売 一軍公式戦の当種目記録なし
1991 23 一軍公式戦の当種目記録なし
1992 24 一軍公式戦の当種目記録なし
1993 25 一軍公式戦の当種目記録なし
1994 26 一軍公式戦の当種目記録なし
1995 27 一軍公式戦の当種目記録なし
1996 28 日本ハム 17 1 3 0 0 0 0 .250 190 42⅓ 52 5 14 2 29 1 0 23 23 4.89
1997 29 一軍公式戦の当種目記録なし
通算 — 全所属球団 17 1 3 0 0 0 0 .250 190 42⅓ 52 5 14 2 29 1 0 23 23 4.89

年齢は各成績年度の翌年4月1日時点の満年齢。通算と生年月日未確認の場合は「—」。

一軍年度別・通算はNPB公式の全掲載項目を使用し、同年移籍は球団別に表示します。2003年以前の指名組のため二軍成績は掲載しません。

原表の空欄・非掲載・本人行なしを区別します。

1991年は公式準支配下。1990年補完名鑑の準支配下記載は公式名簿の当年区分へ転写しない。

川辺→川邉は1995年、佐久間浩一→博千は公式1996年から、浅野は智治/友晴/智治/伴治、出口は1994年9月9日から雄大。照合用別名と原表名を別に保持。吉岡の補完名鑑佑弐表記の改名時期は断定しない。

投球成績の出典:123456789

守備成績(クリックで開閉)
川辺忠義 守備成績(年度別・守備位置別)
年度 年齢 所属球団 守備位置 一軍
試合 刺殺 補殺 失策 併殺 守備率
1990 22 読売 — 確認した守備表に本人の記録なし
1991 23 — 確認した守備表に本人の記録なし
1992 24 — 確認した守備表に本人の記録なし
1993 25 — 確認した守備表に本人の記録なし
1994 26 — 確認した守備表に本人の記録なし
1995 27 — 確認した守備表に本人の記録なし
1996 28 日本ハム 投手 17 1 12 0 0 1.000
1997 29 — 確認した守備表に本人の記録なし

年齢は各成績年度の翌年4月1日時点の満年齢。通算と生年月日未確認の場合は「—」。

守備は年度・球団・守備位置ごとの原掲載項目を使用しています。原表の空欄や非掲載を0で補わず、位置別の試合数を合算しません。

2004年以前の守備は2689webの年度別原表を参照しています。原サイトにない項目は補いません。

1991年は公式準支配下。1990年補完名鑑の準支配下記載は公式名簿の当年区分へ転写しない。

川辺→川邉は1995年、佐久間浩一→博千は公式1996年から、浅野は智治/友晴/智治/伴治、出口は1994年9月9日から雄大。照合用別名と原表名を別に保持。吉岡の補完名鑑佑弐表記の改名時期は断定しない。

守備成績の出典:12345678

2位川辺忠義は川崎製鉄千葉の投手。巨人での公式選手年は1990〜1995年で、1991年は準支配下として掲載されるが、一軍登板はなかった。1995年からの公式登録名は川邉忠義である。

一軍で投げたのは、日本ハムへ移った1996年の17試合だった。42回⅓、1勝3敗、29奪三振、防御率4.89で、これがNPB通算成績でもある。翌1997年にも選手として在籍したが、一軍出場はない。巨人では実現しなかった一軍登板と勝利を移籍先で記録した点は残るものの、継続的な一軍戦力になるまでには至らなかった。

1989 YOMIURI GIANTS DRAFT

3位

吉岡雄二

指名・在籍
1989年巨人3位指名/1991年からNPB選手在籍
守備位置
投手→内野手(指名時は投手)
投打
右投右打
生年月日
1971年7月29日
入団前の経歴
帝京高
NPB選手在籍
読売 1991年(準支配下)→ 1992〜1996年 → 近鉄 1997〜1998年 → 大阪近鉄 1999〜2004年 → 東北楽天 2005〜2008年
身長・体重
189cm/90kg(NPB掲載値)

投手指名・1990〜1991年所属資料も投手、1993年所属資料と補完名鑑は内野手。本人の実一軍記録は打撃のみで、架空の投手表は作らない。公式選手年は1991年巨人準支配下、1992〜1996年巨人、1997〜2004年近鉄系列、2005〜2008年楽天。1990新人表・補完名鑑の準支配下情報は別注記とし、公式欠年へ補間しない。補完名鑑の佑弐表記に対し本人NPBと公式名簿は雄二で、未確認の改名期間は補わない。後年コーチ専任年を除外。

打撃成績(クリックで開閉)
吉岡雄二 打撃成績(年度別・通算)
年度 年齢 所属球団 一軍
試合 打席 打数 得点 安打 二塁打 三塁打 本塁打 塁打 打点 盗塁 盗塁刺 犠打 犠飛 四球 死球 三振 併殺打 打率 長打率 出塁率 OPS
1991 20 読売 一軍公式戦の当種目記録なし
1992 21 一軍公式戦の当種目記録なし
1993 22 10 33 30 1 8 0 0 0 8 2 0 0 0 1 2 0 7 1 .267 .267 .303 .570
1994 23 一軍公式戦の当種目記録なし
1995 24 30 104 91 9 19 3 0 4 34 18 0 0 0 4 8 1 17 2 .209 .374 .269 .643
1996 25 29 41 38 3 5 0 0 1 8 4 1 0 0 1 2 0 16 1 .132 .211 .171 .381
1997 26 近鉄 22 33 27 8 7 1 0 2 14 4 2 0 1 0 3 2 9 0 .259 .519 .375 .894
1998 27 81 222 190 39 51 11 3 13 107 32 1 0 7 1 21 3 56 1 .268 .563 .349 .912
1999 28 大阪近鉄 131 486 420 56 116 28 1 13 185 57 12 6 9 1 50 6 86 9 .276 .440 .361 .801
2000 29 115 481 434 58 126 27 4 18 215 65 2 3 2 3 41 1 93 9 .290 .495 .351 .846
2001 30 127 538 456 76 121 22 1 26 223 85 2 0 9 4 66 2 114 6 .265 .489 .358 .847
2002 31 140 569 520 66 140 40 3 26 264 72 4 2 4 2 36 7 126 20 .269 .508 .324 .832
2003 32 126 479 433 63 130 25 1 18 211 60 3 5 2 2 39 3 91 10 .300 .487 .361 .848
2004 33 1 1 1 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 .000 .000 .000 .000
2005 34 東北楽天 116 427 387 46 109 23 0 10 162 52 0 0 0 6 30 4 67 23 .282 .419 .335 .753
2006 35 49 159 146 10 35 5 0 0 40 6 0 0 0 2 9 2 31 4 .240 .274 .289 .563
2007 36 23 47 44 5 11 3 0 0 14 5 1 0 0 0 3 0 8 3 .250 .318 .298 .616
2008 37 12 17 16 0 5 1 0 0 6 1 0 0 0 0 1 0 7 0 .313 .375 .353 .728
通算 — 全所属球団 1012 3637 3233 440 883 189 13 131 1491 463 28 16 34 27 311 31 728 89 .273 .461 .340 .801

年齢は各成績年度の翌年4月1日時点の満年齢。通算と生年月日未確認の場合は「—」。

一軍年度別・通算はNPB公式の全掲載項目を使用し、同年移籍は球団別に表示します。2003年以前の指名組のため二軍成績は掲載しません。

原表の空欄・非掲載・本人行なしを区別します。

1990年新人資料には掲載されるが、公式選手名簿の初選手年は1991年。初期登録区分は未確認のため1990年を補間しない。

1991年は公式準支配下。1990年補完名鑑の準支配下記載は公式名簿の当年区分へ転写しない。

川辺→川邉は1995年、佐久間浩一→博千は公式1996年から、浅野は智治/友晴/智治/伴治、出口は1994年9月9日から雄大。照合用別名と原表名を別に保持。吉岡の補完名鑑佑弐表記の改名時期は断定しない。

吉岡と大野は投手指名/初期登録後に野手へ移り、一軍実投球はなく実打撃だけを掲載。佐藤は投手から内野手の登録資料があるが実投打は無行なので打撃表を追加せず投球状態と守備coverageを掲載。普通投手の付随打撃は内部のみ。

資料差:2001の打席は公式原値538、整数成分からの再計算は537。原値を保持し原因は断定していません。

資料差:通算の打席は公式原値3637、整数成分からの再計算は3636。原値を保持し原因は断定していません。

OPSは整数原値から出塁率と長打率を計算・加算し、最後に小数第3位へ四捨五入した独自計算値です。

打撃成績の出典:12345678910111213141516171819

守備成績(クリックで開閉)
吉岡雄二 守備成績(年度別・守備位置別)
年度 年齢 所属球団 守備位置 一軍
試合 刺殺 補殺 失策 併殺 守備率 捕逸
1991 20 読売 — 確認した守備表に本人の記録なし
1992 21 — 確認した守備表に本人の記録なし
1993 22 三塁手 10 4 12 0 1 1.000 —
1994 23 — 確認した守備表に本人の記録なし
1995 24 三塁手 30 13 37 2 3 .962 —
1996 25 一塁手 11 43 0 0 5 1.000 —
三塁手 9 2 8 2 0 .833 —
1997 26 近鉄 一塁手 3 8 0 0 3 1.000 —
三塁手 7 2 3 0 0 1.000 —
外野手 9 8 0 0 0 1.000 —
1998 27 一塁手 50 335 20 2 36 .994 —
外野手 31 27 1 0 0 1.000 —
1999 28 大阪近鉄 一塁手 124 1093 60 6 97 .995 —
外野手 17 9 0 0 0 1.000 —
2000 29 一塁手 98 924 47 4 65 .996 —
三塁手 1 0 0 0 0 .000 —
外野手 7 5 0 0 0 1.000 —
2001 30 一塁手 126 1143 60 6 91 .995 —
2002 31 138 1306 84 6 75 .996 —
三塁手 6 3 3 1 0 .857 —
2003 32 一塁手 91 789 45 1 70 .999 —
三塁手 13 4 10 1 1 .933 —
2004 33 — 本人行あり・守備位置別の数値は空欄
2005 34 東北楽天 一塁手 100 825 64 5 57 .994
三塁手 2 0 2 0 0 1.000
2006 35 一塁手 39 292 18 1 23 .997
2007 36 16 80 6 1 6 .989
2008 37 4 27 1 0 0 1.000

年齢は各成績年度の翌年4月1日時点の満年齢。通算と生年月日未確認の場合は「—」。

守備は年度・球団・守備位置ごとの原掲載項目を使用しています。原表の空欄や非掲載を0で補わず、位置別の試合数を合算しません。

2004年以前の守備は2689webの年度別原表を参照しています。原サイトにない項目は補いません。

1990年新人資料には掲載されるが、公式選手名簿の初選手年は1991年。初期登録区分は未確認のため1990年を補間しない。

1991年は公式準支配下。1990年補完名鑑の準支配下記載は公式名簿の当年区分へ転写しない。

川辺→川邉は1995年、佐久間浩一→博千は公式1996年から、浅野は智治/友晴/智治/伴治、出口は1994年9月9日から雄大。照合用別名と原表名を別に保持。吉岡の補完名鑑佑弐表記の改名時期は断定しない。

吉岡と大野は投手指名/初期登録後に野手へ移り、一軍実投球はなく実打撃だけを掲載。佐藤は投手から内野手の登録資料があるが実投打は無行なので打撃表を追加せず投球状態と守備coverageを掲載。普通投手の付随打撃は内部のみ。

2005年以降の守備はNPB公式年次全7列。捕逸の原空欄を0や非掲載と混同せず保持し、2004年以前の二次原列とは区分する。

2006年楽天公式守備は同一公式URLの正規検索全文抽出を採用。direct openは通常Timeoutで、原HTML取得成功とは区別。7位置節/全7列と全72位置行を独立年次資料で照合し、本人一塁39試合を確認。

守備成績の出典:12345678910111213141516171819202122

3位吉岡雄二は帝京高の投手として指名されたが、一軍の実績は打者として残した。1993年の初出場時は10試合、30打数8安打、打率.267。1995年に30試合で4本塁打、18打点を記録し、1996年にも1本塁打を放った。ただし巨人時代の合計は69試合、32安打、5本塁打で、打線に定着するには至っていない。

1997年に近鉄へ移り、同年は22試合2本塁打だったが、1998年には81試合、13本塁打、32打点へ伸ばした。1999年は131試合、116安打、13本塁打、57打点、12盗塁。出場が増えるとともに初めて年間100安打を超え、長打だけでなく走塁の数字も加わった。

2000年は115試合、18本塁打、65打点、打率.290。2001年には26本塁打、自己最多の85打点を挙げ、2002年も26本塁打を記録した。2002年の140試合、140安打、40二塁打はいずれも自己最多である。2003年も126試合、130安打、18本塁打、60打点、打率.300を残し、1999〜2003年は5年連続で100試合と100安打を超えた。

2004年は1試合1打席にとどまったが、2005年には東北楽天で116試合、109安打、10本塁打、52打点、打率.282を記録した。近鉄時代の大きな出場減で一軍の歩みが終わらず、新しい球団で再びまとまった打席を得た。

NPB通算は1012試合、883安打、131本塁打、463打点、打率.273。巨人、近鉄、楽天という3球団にまたがる成績で、2008年まで一軍に出場した。巨人での実績だけなら小さく見えるが、移籍後に主力級の打撃を続けたことまで含めると、この年の指名で最も大きな一軍実績を残した選手といえる。

1989 YOMIURI GIANTS DRAFT

4位

佐久間浩一

指名・在籍
1989年巨人4位指名/1991年からNPB選手在籍
守備位置
外野手(指名・加入時)
入団前の経歴
東海大
NPB選手在籍
読売 1991〜1993年 → 日本ハム 1996〜1997年

指名は日刊スポーツ・ドラフトHP・野球DBの3資料で4位。補完名鑑1990〜1993年の1989外という記載はこの一致と食い違うため採用しない。公式は1991〜1993年巨人、1996〜1997年日本ハムの5選手年、1993年まで浩一・1996年から博千と記す。1990新人表の所属と正式年を区別し、1994・1995年をNPB選手年へ補間しない。全一軍未出場。

公式在籍名簿と一軍未出場を明記した補完資料を照合。未確認の生年月日・体格は補っていない。

打撃成績(クリックで開閉)
佐久間浩一 打撃成績(年度別・通算)
年度 年齢 所属球団 一軍
試合 打席 打数 得点 安打 二塁打 三塁打 本塁打 塁打 打点 盗塁 盗塁刺 犠打 犠飛 四球 死球 三振 併殺打 打率 長打率 出塁率 OPS
1991 — 読売 一軍公式戦の当種目記録なし
1992 — 一軍公式戦の当種目記録なし
1993 — 一軍公式戦の当種目記録なし
1996 — 日本ハム 一軍公式戦の当種目記録なし
1997 — 一軍公式戦の当種目記録なし
通算 — 全所属球団 一軍公式戦の当種目記録なし

年齢は各成績年度の翌年4月1日時点の満年齢。通算と生年月日未確認の場合は「—」。

一軍年度別・通算はNPB公式の全掲載項目を使用し、同年移籍は球団別に表示します。2003年以前の指名組のため二軍成績は掲載しません。

原表の空欄・非掲載・本人行なしを区別します。

NPB名簿に実本人頁hrefなし。完全生年月日は未確認のため年齢は—。旧プロフィールの未確認項目は補完しない。実在籍年度原表の本人無行は0成績とは区別する。

1990年新人資料には掲載されるが、公式選手名簿の初選手年は1991年。初期登録区分は未確認のため1990年を補間しない。

川辺→川邉は1995年、佐久間浩一→博千は公式1996年から、浅野は智治/友晴/智治/伴治、出口は1994年9月9日から雄大。照合用別名と原表名を別に保持。吉岡の補完名鑑佑弐表記の改名時期は断定しない。

OPSは整数原値から出塁率と長打率を計算・加算し、最後に小数第3位へ四捨五入した独自計算値です。

打撃成績の出典:123456

守備成績(クリックで開閉)
佐久間浩一 守備成績(年度別・守備位置別)
年度 年齢 所属球団 守備位置 一軍
試合 刺殺 補殺 失策 併殺 守備率 捕逸
1991 — 読売 — 確認した守備表に本人の記録なし
1992 — — 確認した守備表に本人の記録なし
1993 — — 確認した守備表に本人の記録なし
1996 — 日本ハム — 確認した守備表に本人の記録なし
1997 — — 確認した守備表に本人の記録なし

年齢は各成績年度の翌年4月1日時点の満年齢。通算と生年月日未確認の場合は「—」。

守備は年度・球団・守備位置ごとの原掲載項目を使用しています。原表の空欄や非掲載を0で補わず、位置別の試合数を合算しません。

2004年以前の守備は2689webの年度別原表を参照しています。原サイトにない項目は補いません。

NPB名簿に実本人頁hrefなし。完全生年月日は未確認のため年齢は—。旧プロフィールの未確認項目は補完しない。実在籍年度原表の本人無行は0成績とは区別する。

1990年新人資料には掲載されるが、公式選手名簿の初選手年は1991年。初期登録区分は未確認のため1990年を補間しない。

川辺→川邉は1995年、佐久間浩一→博千は公式1996年から、浅野は智治/友晴/智治/伴治、出口は1994年9月9日から雄大。照合用別名と原表名を別に保持。吉岡の補完名鑑佑弐表記の改名時期は断定しない。

守備成績の出典:12345

4位佐久間浩一は東海大の外野手だった。NPB公式名簿で確認できる選手年は1991〜1993年巨人、1996〜1997年日本ハムの5年で、一軍出場はない。日本ハム時代の登録名は佐久間博千。球団を替えて選手として在籍したが、一軍の打席を得るところには届かなかった。

1989 YOMIURI GIANTS DRAFT

5位

鈴木望

指名・在籍
1989年巨人5位指名/1990年からNPB選手在籍
守備位置
内野手・外野手(指名時は内野手)
投打
右投右打
生年月日
1967年5月2日
入団前の経歴
星稜高 → 駒沢大
NPB選手在籍
読売 1990〜1995年 → 日本ハム 1996〜1998年
身長・体重
179cm/78kg(NPB掲載値)

指名時は内野手、1990新人名簿は外野手。巨人1990〜1995年、日本ハム1996〜1998年の9選手年。巨人での一軍4試合は打席なし、日本ハム1996年の10試合で全19打席・2安打を記録した。

打撃成績(クリックで開閉)
鈴木望 打撃成績(年度別・通算)
年度 年齢 所属球団 一軍
試合 打席 打数 得点 安打 二塁打 三塁打 本塁打 塁打 打点 盗塁 盗塁刺 犠打 犠飛 四球 死球 三振 併殺打 打率 長打率 出塁率 OPS
1990 23 読売 一軍公式戦の当種目記録なし
1991 24 一軍公式戦の当種目記録なし
1992 25 一軍公式戦の当種目記録なし
1993 26 4 0 0 1 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 .000 .000 .000 —
1994 27 一軍公式戦の当種目記録なし
1995 28 一軍公式戦の当種目記録なし
1996 29 日本ハム 10 19 15 2 2 1 0 1 6 1 0 0 1 0 3 0 8 0 .133 .400 .278 .678
1997 30 一軍公式戦の当種目記録なし
1998 31 一軍公式戦の当種目記録なし
通算 — 全所属球団 14 19 15 3 2 1 0 1 6 1 0 0 1 0 3 0 8 0 .133 .400 .278 .678

年齢は各成績年度の翌年4月1日時点の満年齢。通算と生年月日未確認の場合は「—」。

一軍年度別・通算はNPB公式の全掲載項目を使用し、同年移籍は球団別に表示します。2003年以前の指名組のため二軍成績は掲載しません。

原表の空欄・非掲載・本人行なしを区別します。

OPSは整数原値から出塁率と長打率を計算・加算し、最後に小数第3位へ四捨五入した独自計算値です。

打撃成績の出典:12345678910

守備成績(クリックで開閉)
鈴木望 守備成績(年度別・守備位置別)
年度 年齢 所属球団 守備位置 一軍
試合 刺殺 補殺 失策 併殺 守備率
1990 23 読売 — 確認した守備表に本人の記録なし
1991 24 — 確認した守備表に本人の記録なし
1992 25 — 確認した守備表に本人の記録なし
1993 26 三塁手 1 0 1 0 0 1.000
遊撃手 2 1 0 0 0 1.000
1994 27 — 確認した守備表に本人の記録なし
1995 28 — 確認した守備表に本人の記録なし
1996 29 日本ハム 一塁手 2 20 1 0 2 1.000
三塁手 1 0 2 0 0 1.000
二塁手 3 4 5 0 0 1.000
1997 30 — 確認した守備表に本人の記録なし
1998 31 — 確認した守備表に本人の記録なし

年齢は各成績年度の翌年4月1日時点の満年齢。通算と生年月日未確認の場合は「—」。

守備は年度・球団・守備位置ごとの原掲載項目を使用しています。原表の空欄や非掲載を0で補わず、位置別の試合数を合算しません。

2004年以前の守備は2689webの年度別原表を参照しています。原サイトにない項目は補いません。

守備成績の出典:123456789

5位鈴木望は駒澤大から加入した。巨人では1993年に4試合へ出場したが、打席はなかった。1996年の日本ハムでは10試合、19打席、15打数2安打。その2安打は二塁打と本塁打で、1打点を記録した。NPB通算は14試合、打率.133で、安打と打点はすべて移籍先で残している。選手在籍は1998年まで続いた。

1989 YOMIURI GIANTS DRAFT

6位

浅野智治

指名・在籍
1989年巨人6位指名/1991年からNPB選手在籍
守備位置
投手(指名・加入時)
入団前の経歴
岡山南高
NPB選手在籍
読売 1991〜1997年 → 近鉄 1998年

指名資料・1990新人表の名前は浅野智治。NPB公式は1991智治、1992〜1994友晴、1995〜1996智治、1997年以降伴治と記す。日刊一覧の伴治は後年名として同定。公式選手年は1991〜1997年巨人、1998年近鉄の8年で全一軍未出場。1990新人表の掲載を正式年へ自動追加しない。

公式在籍名簿と一軍未出場を明記した補完資料を照合。未確認の生年月日・体格は補っていない。

投球成績(クリックで開閉)
浅野智治 投球成績(年度別・通算)
年度 年齢 所属球団 一軍
登板 勝利 敗北 セーブ H HP 完投 完封勝 無四球 勝率 打者 投球回 安打 本塁打 四球 死球 三振 暴投 ボーク 失点 自責点 防御率
1991 — 読売 一軍公式戦の当種目記録なし
1992 — 一軍公式戦の当種目記録なし
1993 — 一軍公式戦の当種目記録なし
1994 — 一軍公式戦の当種目記録なし
1995 — 一軍公式戦の当種目記録なし
1996 — 一軍公式戦の当種目記録なし
1997 — 一軍公式戦の当種目記録なし
1998 — 近鉄 一軍公式戦の当種目記録なし
通算 — 全所属球団 一軍公式戦の当種目記録なし

年齢は各成績年度の翌年4月1日時点の満年齢。通算と生年月日未確認の場合は「—」。

一軍年度別・通算はNPB公式の全掲載項目を使用し、同年移籍は球団別に表示します。2003年以前の指名組のため二軍成績は掲載しません。

原表の空欄・非掲載・本人行なしを区別します。

NPB名簿に実本人頁hrefなし。完全生年月日は未確認のため年齢は—。旧プロフィールの未確認項目は補完しない。実在籍年度原表の本人無行は0成績とは区別する。

1990年新人資料には掲載されるが、公式選手名簿の初選手年は1991年。初期登録区分は未確認のため1990年を補間しない。

川辺→川邉は1995年、佐久間浩一→博千は公式1996年から、浅野は智治/友晴/智治/伴治、出口は1994年9月9日から雄大。照合用別名と原表名を別に保持。吉岡の補完名鑑佑弐表記の改名時期は断定しない。

投球成績の出典:123456789

守備成績(クリックで開閉)
浅野智治 守備成績(年度別・守備位置別)
年度 年齢 所属球団 守備位置 一軍
試合 刺殺 補殺 失策 併殺 守備率 捕逸
1991 — 読売 — 確認した守備表に本人の記録なし
1992 — — 確認した守備表に本人の記録なし
1993 — — 確認した守備表に本人の記録なし
1994 — — 確認した守備表に本人の記録なし
1995 — — 確認した守備表に本人の記録なし
1996 — — 確認した守備表に本人の記録なし
1997 — — 確認した守備表に本人の記録なし
1998 — 近鉄 — 確認した守備表に本人の記録なし

年齢は各成績年度の翌年4月1日時点の満年齢。通算と生年月日未確認の場合は「—」。

守備は年度・球団・守備位置ごとの原掲載項目を使用しています。原表の空欄や非掲載を0で補わず、位置別の試合数を合算しません。

2004年以前の守備は2689webの年度別原表を参照しています。原サイトにない項目は補いません。

NPB名簿に実本人頁hrefなし。完全生年月日は未確認のため年齢は—。旧プロフィールの未確認項目は補完しない。実在籍年度原表の本人無行は0成績とは区別する。

1990年新人資料には掲載されるが、公式選手名簿の初選手年は1991年。初期登録区分は未確認のため1990年を補間しない。

川辺→川邉は1995年、佐久間浩一→博千は公式1996年から、浅野は智治/友晴/智治/伴治、出口は1994年9月9日から雄大。照合用別名と原表名を別に保持。吉岡の補完名鑑佑弐表記の改名時期は断定しない。

守備成績の出典:12345678

6位浅野智治は岡山南高の投手。公式の選手年は1991〜1997年巨人、1998年近鉄の8年だが、一軍出場はなかった。友晴、智治、伴治と登録名が変わった同じ選手である。近鉄へ移った後も一軍登板には至らず、この年の通常指名投手では川辺と異なる結果になった。

1989 YOMIURI GIANTS DRAFT

ドラフト外

大内貴志

指名・在籍
1989年ドラフト外の入団組/1990年からNPB選手在籍
守備位置
投手(指名・加入時)
入団前の経歴
東海大四高
NPB選手在籍
読売 1990〜1994年

東海大四高の投手。1989外資料と1990新人投手91を照合。NPB公式選手年は1990〜1994年巨人の5年、一軍未出場。個人成績リンクはなく、生年月日や体格を推定しない。

公式在籍名簿と一軍未出場を明記した補完資料を照合。未確認の生年月日・体格は補っていない。

投球成績(クリックで開閉)
大内貴志 投球成績(年度別・通算)
年度 年齢 所属球団 一軍
登板 勝利 敗北 セーブ H HP 完投 完封勝 無四球 勝率 打者 投球回 安打 本塁打 四球 死球 三振 暴投 ボーク 失点 自責点 防御率
1990 — 読売 一軍公式戦の当種目記録なし
1991 — 一軍公式戦の当種目記録なし
1992 — 一軍公式戦の当種目記録なし
1993 — 一軍公式戦の当種目記録なし
1994 — 一軍公式戦の当種目記録なし
通算 — 全所属球団 一軍公式戦の当種目記録なし

年齢は各成績年度の翌年4月1日時点の満年齢。通算と生年月日未確認の場合は「—」。

一軍年度別・通算はNPB公式の全掲載項目を使用し、同年移籍は球団別に表示します。2003年以前の指名組のため二軍成績は掲載しません。

原表の空欄・非掲載・本人行なしを区別します。

NPB名簿に実本人頁hrefなし。完全生年月日は未確認のため年齢は—。旧プロフィールの未確認項目は補完しない。実在籍年度原表の本人無行は0成績とは区別する。

投球成績の出典:123456

守備成績(クリックで開閉)
大内貴志 守備成績(年度別・守備位置別)
年度 年齢 所属球団 守備位置 一軍
試合 刺殺 補殺 失策 併殺 守備率 捕逸
1990 — 読売 — 確認した守備表に本人の記録なし
1991 — — 確認した守備表に本人の記録なし
1992 — — 確認した守備表に本人の記録なし
1993 — — 確認した守備表に本人の記録なし
1994 — — 確認した守備表に本人の記録なし

年齢は各成績年度の翌年4月1日時点の満年齢。通算と生年月日未確認の場合は「—」。

守備は年度・球団・守備位置ごとの原掲載項目を使用しています。原表の空欄や非掲載を0で補わず、位置別の試合数を合算しません。

2004年以前の守備は2689webの年度別原表を参照しています。原サイトにない項目は補いません。

NPB名簿に実本人頁hrefなし。完全生年月日は未確認のため年齢は—。旧プロフィールの未確認項目は補完しない。実在籍年度原表の本人無行は0成績とは区別する。

守備成績の出典:12345

ドラフト外の大内貴志は東海大四高の投手で、1990〜1994年の巨人5年間が公式選手在籍として確認できる。一軍出場はなかった。同期の柏田が1994年に一軍初登板を記録したのに対し、大内は同年までの在籍中に一軍のマウンドへ上がることができなかった。

1989 YOMIURI GIANTS DRAFT

ドラフト外

佐藤謙治

指名・在籍
1989年ドラフト外の入団組/1991年からNPB選手在籍
守備位置
投手→内野手(転向年は資料差あり)
入団前の経歴
茨城東高
NPB選手在籍
読売 1991〜1995年

茨城東高の投手。1989外資料・1990新人投手68と照合。1991所属表は内野手、同年補完名鑑は投手、1992補完名鑑は内野手で、転向歴は示せるが正確な転向年は断定しない。公式確認選手年は1991〜1995年巨人の5年、一軍未出場。1990年の初期登録区分は未確認で通常の年表へ補間しない。

公式在籍名簿と一軍未出場を明記した補完資料を照合。未確認の生年月日・体格は補っていない。

投球成績(クリックで開閉)
佐藤謙治 投球成績(年度別・通算)
年度 年齢 所属球団 一軍
登板 勝利 敗北 セーブ H HP 完投 完封勝 無四球 勝率 打者 投球回 安打 本塁打 四球 死球 三振 暴投 ボーク 失点 自責点 防御率
1991 — 読売 一軍公式戦の当種目記録なし
1992 — 一軍公式戦の当種目記録なし
1993 — 一軍公式戦の当種目記録なし
1994 — 一軍公式戦の当種目記録なし
1995 — 一軍公式戦の当種目記録なし
通算 — 全所属球団 一軍公式戦の当種目記録なし

年齢は各成績年度の翌年4月1日時点の満年齢。通算と生年月日未確認の場合は「—」。

一軍年度別・通算はNPB公式の全掲載項目を使用し、同年移籍は球団別に表示します。2003年以前の指名組のため二軍成績は掲載しません。

原表の空欄・非掲載・本人行なしを区別します。

NPB名簿に実本人頁hrefなし。完全生年月日は未確認のため年齢は—。旧プロフィールの未確認項目は補完しない。実在籍年度原表の本人無行は0成績とは区別する。

1990年新人資料には掲載されるが、公式選手名簿の初選手年は1991年。初期登録区分は未確認のため1990年を補間しない。

吉岡と大野は投手指名/初期登録後に野手へ移り、一軍実投球はなく実打撃だけを掲載。佐藤は投手から内野手の登録資料があるが実投打は無行なので打撃表を追加せず投球状態と守備coverageを掲載。普通投手の付随打撃は内部のみ。

投球成績の出典:123456

守備成績(クリックで開閉)
佐藤謙治 守備成績(年度別・守備位置別)
年度 年齢 所属球団 守備位置 一軍
試合 刺殺 補殺 失策 併殺 守備率 捕逸
1991 — 読売 — 確認した守備表に本人の記録なし
1992 — — 確認した守備表に本人の記録なし
1993 — — 確認した守備表に本人の記録なし
1994 — — 確認した守備表に本人の記録なし
1995 — — 確認した守備表に本人の記録なし

年齢は各成績年度の翌年4月1日時点の満年齢。通算と生年月日未確認の場合は「—」。

守備は年度・球団・守備位置ごとの原掲載項目を使用しています。原表の空欄や非掲載を0で補わず、位置別の試合数を合算しません。

2004年以前の守備は2689webの年度別原表を参照しています。原サイトにない項目は補いません。

NPB名簿に実本人頁hrefなし。完全生年月日は未確認のため年齢は—。旧プロフィールの未確認項目は補完しない。実在籍年度原表の本人無行は0成績とは区別する。

1990年新人資料には掲載されるが、公式選手名簿の初選手年は1991年。初期登録区分は未確認のため1990年を補間しない。

吉岡と大野は投手指名/初期登録後に野手へ移り、一軍実投球はなく実打撃だけを掲載。佐藤は投手から内野手の登録資料があるが実投打は無行なので打撃表を追加せず投球状態と守備coverageを掲載。普通投手の付随打撃は内部のみ。

守備成績の出典:12345

茨城東高の佐藤謙治は投手としてドラフト外で加わり、その後は内野手の名簿にも載った。公式名簿の選手年は1991〜1995年巨人の5年間で、一軍出場はない。ドラフト外では複数の投手が入ったが、その全員が一軍へ到達したわけではないことを示す一人である。

1989 YOMIURI GIANTS DRAFT

ドラフト外

柏田貴史

指名・在籍
1989年ドラフト外の入団組/1991年からNPB選手在籍
守備位置
投手(指名・加入時)
投打
左投左打
生年月日
1971年5月14日
入団前の経歴
八代工
NPB選手在籍
読売 1991〜1996年 → 読売 1998〜2005年
身長・体重
179cm/82kg(NPB掲載値)

本人NPBは1989年ドラフト外を明記。1990新人投手84の掲載と、公式選手年1991〜1996年・1998〜2005年巨人の14年を区別する。1990年の登録区分は未確認、1997年は公式NPB選手年に含まれず、いずれも通常の未出場表に追加しない。実一軍最終2004年の後も2005年在籍を保持。通常投手の打撃表は非掲載。

投球成績(クリックで開閉)
柏田貴史 投球成績(年度別・通算)
年度 年齢 所属球団 一軍
登板 勝利 敗北 セーブ H HP 完投 完封勝 無四球 勝率 打者 投球回 安打 本塁打 四球 死球 三振 暴投 ボーク 失点 自責点 防御率
1991 20 読売 一軍公式戦の当種目記録なし
1992 21 一軍公式戦の当種目記録なし
1993 22 一軍公式戦の当種目記録なし
1994 23 16 1 0 0 0 0 0 1.000 81 18 20 2 8 2 10 1 0 11 7 3.50
1995 24 2 0 0 0 0 0 0 .000 19 4 8 0 1 0 4 0 0 4 3 6.75
1996 25 8 0 1 0 0 0 0 .000 47 11 10 1 6 0 1 1 0 4 4 3.27
1998 27 2 0 0 0 0 0 0 .000 6 2 1 0 0 0 0 0 0 0 0 0.00
1999 28 52 0 1 0 0 0 0 .000 136 32⅓ 26 5 14 0 23 1 0 18 18 5.01
2000 29 50 2 0 0 0 0 0 1.000 213 53 40 0 15 2 36 2 0 19 17 2.89
2001 30 39 0 0 0 0 0 0 .000 114 27⅔ 26 2 5 2 19 3 0 14 11 3.58
2002 31 3 1 0 0 0 0 0 1.000 13 3⅔ 2 0 1 0 1 0 0 0 0 0.00
2003 32 21 0 0 1 0 0 0 .000 88 20⅓ 19 0 9 0 11 2 0 13 11 4.87
2004 33 10 0 0 0 0 0 0 .000 64 14⅓ 18 2 6 0 10 0 0 10 10 6.28
2005 34 一軍公式戦の当種目記録なし
通算 — 全所属球団 203 4 2 1 0 0 0 .667 781 186⅓ 170 12 65 6 115 10 0 93 81 3.91

年齢は各成績年度の翌年4月1日時点の満年齢。通算と生年月日未確認の場合は「—」。

一軍年度別・通算はNPB公式の全掲載項目を使用し、同年移籍は球団別に表示します。2003年以前の指名組のため二軍成績は掲載しません。

原表の空欄・非掲載・本人行なしを区別します。

1990年新人資料には掲載されるが、公式選手名簿の初選手年は1991年。初期登録区分は未確認のため1990年を補間しない。

投球成績の出典:123456789101112131415

守備成績(クリックで開閉)
柏田貴史 守備成績(年度別・守備位置別)
年度 年齢 所属球団 守備位置 一軍
試合 刺殺 補殺 失策 併殺 守備率
1991 20 読売 — 確認した守備表に本人の記録なし
1992 21 — 確認した守備表に本人の記録なし
1993 22 — 確認した守備表に本人の記録なし
1994 23 投手 16 2 4 0 1 1.000
1995 24 2 0 0 1 0 .000
1996 25 8 0 2 0 0 1.000
1998 27 2 0 1 0 1 1.000
1999 28 52 0 6 1 0 .857
2000 29 50 4 10 0 0 1.000
2001 30 39 2 12 0 1 1.000
2002 31 3 0 0 0 0 .000
2003 32 21 2 7 2 1 .818
2004 33 10 0 1 0 0 1.000
2005 34 — 確認した守備表に本人の記録なし

年齢は各成績年度の翌年4月1日時点の満年齢。通算と生年月日未確認の場合は「—」。

守備は年度・球団・守備位置ごとの原掲載項目を使用しています。原表の空欄や非掲載を0で補わず、位置別の試合数を合算しません。

2004年以前の守備は2689webの年度別原表を参照しています。原サイトにない項目は補いません。

1990年新人資料には掲載されるが、公式選手名簿の初選手年は1991年。初期登録区分は未確認のため1990年を補間しない。

2005年以降の守備はNPB公式年次全7列。捕逸の原空欄を0や非掲載と混同せず保持し、2004年以前の二次原列とは区分する。

守備成績の出典:123456789101112131415

ドラフト外の柏田貴史は八代工の左投手。一軍初登板は1994年で、16登板18回、1勝0敗、防御率3.50を記録した。その後の1995年は2登板、1996年は8登板、1998年も2登板で、一軍で多く投げるまでには時間を要した。

1999年には自己最多の52登板へ伸ばしたが、32回⅓で防御率5.01。翌2000年は50登板、自己最多の53回、2勝0敗、防御率2.89となり、登板数はわずかに減ったが、投球量を増やしながら防御率は改善した。2001年も39登板し、この3年間だけで141登板を重ねている。

2003年には21登板で1セーブを記録。NPB通算は203登板、186回⅓、4勝2敗1セーブ、防御率3.91で、完投は一度もなかった。多くの勝利を挙げた投手ではないが、短いイニングを積み重ねた登板数に貢献が表れる。最後の一軍登板は2004年、公式選手在籍は2005年まで続いた。

1989 YOMIURI GIANTS DRAFT

ドラフト外

米倉忠信

指名・在籍
1989年ドラフト外の入団組/1991年からNPB選手在籍
守備位置
捕手(指名・加入時)
入団前の経歴
拓殖大
NPB選手在籍
読売 1991年

拓殖大からの1989年ドラフト外資料、1990新人捕手67と照合。公式選手年は1991年巨人1年で一軍出場なし。1990年の初期登録区分は未確認。正式年を1年増やしたり、未確認のプロフィールを補ったりしない。

公式在籍名簿と一軍未出場を明記した補完資料を照合。未確認の生年月日・体格は補っていない。

打撃成績(クリックで開閉)
米倉忠信 打撃成績(年度別・通算)
年度 年齢 所属球団 一軍
試合 打席 打数 得点 安打 二塁打 三塁打 本塁打 塁打 打点 盗塁 盗塁刺 犠打 犠飛 四球 死球 三振 併殺打 打率 長打率 出塁率 OPS
1991 — 読売 一軍公式戦の当種目記録なし
通算 — 全所属球団 一軍公式戦の当種目記録なし

年齢は各成績年度の翌年4月1日時点の満年齢。通算と生年月日未確認の場合は「—」。

一軍年度別・通算はNPB公式の全掲載項目を使用し、同年移籍は球団別に表示します。2003年以前の指名組のため二軍成績は掲載しません。

原表の空欄・非掲載・本人行なしを区別します。

NPB名簿に実本人頁hrefなし。完全生年月日は未確認のため年齢は—。旧プロフィールの未確認項目は補完しない。実在籍年度原表の本人無行は0成績とは区別する。

1990年新人資料には掲載されるが、公式選手名簿の初選手年は1991年。初期登録区分は未確認のため1990年を補間しない。

OPSは整数原値から出塁率と長打率を計算・加算し、最後に小数第3位へ四捨五入した独自計算値です。

打撃成績の出典:12

守備成績(クリックで開閉)
米倉忠信 守備成績(年度別・守備位置別)
年度 年齢 所属球団 守備位置 一軍
試合 刺殺 補殺 失策 併殺 守備率 捕逸
1991 — 読売 — 確認した守備表に本人の記録なし

年齢は各成績年度の翌年4月1日時点の満年齢。通算と生年月日未確認の場合は「—」。

守備は年度・球団・守備位置ごとの原掲載項目を使用しています。原表の空欄や非掲載を0で補わず、位置別の試合数を合算しません。

2004年以前の守備は2689webの年度別原表を参照しています。原サイトにない項目は補いません。

NPB名簿に実本人頁hrefなし。完全生年月日は未確認のため年齢は—。旧プロフィールの未確認項目は補完しない。実在籍年度原表の本人無行は0成績とは区別する。

1990年新人資料には掲載されるが、公式選手名簿の初選手年は1991年。初期登録区分は未確認のため1990年を補間しない。

守備成績の出典:1

ドラフト外の米倉忠信は拓殖大の捕手。公式名簿で確認できる選手年は1991年の巨人だけで、一軍出場はない。大学を経て入った捕手だったが、一軍で打席に立つことなく、確認できるNPB選手在籍を終えた。

1989 YOMIURI GIANTS DRAFT

ドラフト外

出口幸夫

指名・在籍
1989年ドラフト外の入団組/1991年からNPB選手在籍
守備位置
内野手(指名・加入時)
投打
右投右打
生年月日
1971年9月23日
入団前の経歴
神戸弘陵高
NPB選手在籍
読売 1991〜1998年 → 福岡ダイエー 1999〜2004年 → 福岡ソフトバンク 2005年
身長・体重
176cm/85kg(NPB掲載値)

指名外資料では内野手。NPB公式は1994年9月8日まで出口幸夫、同9月9日から出口雄大と記す同一ID。公式選手年は1991〜1998年巨人、1999〜2004年福岡ダイエー、2005年福岡ソフトバンクの15年。1990新人掲載と初期登録区分を分け、同年は通常年表へ補間しない。ダイエー/ソフトバンクの原年度球団名を保持。野球DBの通算2安打という表示は本人公式129安打と不一致で採用しない。

打撃成績(クリックで開閉)
出口幸夫 打撃成績(年度別・通算)
年度 年齢 所属球団 一軍
試合 打席 打数 得点 安打 二塁打 三塁打 本塁打 塁打 打点 盗塁 盗塁刺 犠打 犠飛 四球 死球 三振 併殺打 打率 長打率 出塁率 OPS
1991 20 読売 一軍公式戦の当種目記録なし
1992 21 一軍公式戦の当種目記録なし
1993 22 一軍公式戦の当種目記録なし
1994 23 一軍公式戦の当種目記録なし
1995 24 9 24 19 3 5 1 0 1 9 4 2 2 0 0 5 0 6 0 .263 .474 .417 .890
1996 25 73 84 72 6 16 5 1 1 26 9 5 3 6 0 6 0 23 1 .222 .361 .282 .643
1997 26 7 4 4 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 1 0 .000 .000 .000 .000
1998 27 6 2 2 0 0 0 0 0 0 0 2 0 0 0 0 0 1 0 .000 .000 .000 .000
1999 28 福岡ダイエー 14 7 7 1 0 0 0 0 0 0 1 0 0 0 0 0 4 0 .000 .000 .000 .000
2000 29 11 7 4 7 0 0 0 0 0 0 3 0 2 0 1 0 3 0 .000 .000 .200 .200
2001 30 6 7 7 0 1 0 0 0 1 0 0 0 0 0 0 0 1 0 .143 .143 .143 .286
2002 31 57 177 153 25 41 7 1 6 68 24 1 5 8 0 16 0 46 1 .268 .444 .337 .782
2003 32 60 142 125 30 32 9 2 3 54 14 3 0 2 2 13 0 34 1 .256 .432 .321 .753
2004 33 61 179 147 21 32 11 1 2 51 17 1 2 7 0 23 2 28 3 .218 .347 .331 .678
2005 34 ソフトバンク 10 8 6 1 2 1 0 0 3 0 0 0 1 0 1 0 1 0 .333 .500 .429 .929
通算 — 全所属球団 314 641 546 94 129 34 5 13 212 68 18 12 26 2 65 2 148 6 .236 .388 .319 .707

年齢は各成績年度の翌年4月1日時点の満年齢。通算と生年月日未確認の場合は「—」。

一軍年度別・通算はNPB公式の全掲載項目を使用し、同年移籍は球団別に表示します。2003年以前の指名組のため二軍成績は掲載しません。

原表の空欄・非掲載・本人行なしを区別します。

1990年新人資料には掲載されるが、公式選手名簿の初選手年は1991年。初期登録区分は未確認のため1990年を補間しない。

川辺→川邉は1995年、佐久間浩一→博千は公式1996年から、浅野は智治/友晴/智治/伴治、出口は1994年9月9日から雄大。照合用別名と原表名を別に保持。吉岡の補完名鑑佑弐表記の改名時期は断定しない。

OPSは整数原値から出塁率と長打率を計算・加算し、最後に小数第3位へ四捨五入した独自計算値です。

打撃成績の出典:12345678910111213141516

守備成績(クリックで開閉)
出口幸夫 守備成績(年度別・守備位置別)
年度 年齢 所属球団 守備位置 一軍
試合 刺殺 補殺 失策 併殺 守備率 捕逸
1991 20 読売 — 確認した守備表に本人の記録なし
1992 21 — 確認した守備表に本人の記録なし
1993 22 — 確認した守備表に本人の記録なし
1994 23 — 確認した守備表に本人の記録なし
1995 24 二塁手 8 15 26 2 8 .953 —
1996 25 5 6 7 0 2 1.000 —
外野手 54 44 2 1 0 .979 —
1997 26 4 1 1 0 0 1.000 —
1998 27 3 0 0 0 0 .000 —
1999 28 福岡ダイエー 9 3 0 0 0 1.000 —
2000 29 3 0 0 0 0 .000 —
2001 30 4 3 0 0 0 1.000 —
2002 31 54 71 2 1 0 .986 —
2003 32 一塁手 2 10 1 0 2 1.000 —
外野手 45 54 0 0 0 1.000 —
2004 33 52 58 2 0 1 1.000 —
2005 34 ソフトバンク 10 6 0 0 0 1.000

年齢は各成績年度の翌年4月1日時点の満年齢。通算と生年月日未確認の場合は「—」。

守備は年度・球団・守備位置ごとの原掲載項目を使用しています。原表の空欄や非掲載を0で補わず、位置別の試合数を合算しません。

2004年以前の守備は2689webの年度別原表を参照しています。原サイトにない項目は補いません。

1990年新人資料には掲載されるが、公式選手名簿の初選手年は1991年。初期登録区分は未確認のため1990年を補間しない。

川辺→川邉は1995年、佐久間浩一→博千は公式1996年から、浅野は智治/友晴/智治/伴治、出口は1994年9月9日から雄大。照合用別名と原表名を別に保持。吉岡の補完名鑑佑弐表記の改名時期は断定しない。

2005年以降の守備はNPB公式年次全7列。捕逸の原空欄を0や非掲載と混同せず保持し、2004年以前の二次原列とは区分する。

守備成績の出典:12345678910111213141516

ドラフト外の出口幸夫は神戸弘陵高の内野手として加入し、1994年9月9日からの公式登録名は出口雄大となった。一軍初出場は1995年で、1996年には自己最多の73試合に出場した。ただし同年の打席は84で、出場試合数の多さがそのまま多くの打撃機会を意味したわけではない。

1999年に福岡ダイエーへ移った後も、2001年までは各年14試合以下だった。2002年に57試合、41安打、6本塁打、24打点、打率.268を記録し、安打、本塁打、打点はいずれも自己最多に達した。移籍直後の少ない出場で終わらず、数年後に打撃で最も大きな成果を残した点が重要である。

2003年は60試合、3本塁打、14打点、2004年は61試合、2本塁打、17打点。2005年の福岡ソフトバンクでも10試合に出場し、通算314試合、129安打、13本塁打、68打点、18盗塁となった。巨人で一軍に出た後、移籍先で打席と長打を増やしたドラフト外の加入者だった。

1989 YOMIURI GIANTS DRAFT

ドラフト外

大野和哉

指名・在籍
1989年ドラフト外の入団組/1991年からNPB選手在籍
守備位置
投手→内野手・外野手(指名外資料に区分差あり)
投打
右投右打
生年月日
1971年9月16日
入団前の経歴
市立船橋高
NPB選手在籍
読売 1991〜1999年
身長・体重
181cm/78kg(NPB掲載値)

ドラフト外一覧の守備位置は外野手/投手と差があり、1990・1991年所属資料は投手、1992年補完名鑑は内野手、1993年所属資料は外野手とする。一軍実投球はなく実打撃のみを掲載。公式選手年は1991〜1999年巨人9年、1990新人投手94の初期登録区分は未確認で通常年表へ加えない。

打撃成績(クリックで開閉)
大野和哉 打撃成績(年度別・通算)
年度 年齢 所属球団 一軍
試合 打席 打数 得点 安打 二塁打 三塁打 本塁打 塁打 打点 盗塁 盗塁刺 犠打 犠飛 四球 死球 三振 併殺打 打率 長打率 出塁率 OPS
1991 20 読売 一軍公式戦の当種目記録なし
1992 21 一軍公式戦の当種目記録なし
1993 22 一軍公式戦の当種目記録なし
1994 23 一軍公式戦の当種目記録なし
1995 24 一軍公式戦の当種目記録なし
1996 25 2 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 .000 .000 .000 —
1997 26 5 1 1 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 1 0 .000 .000 .000 .000
1998 27 一軍公式戦の当種目記録なし
1999 28 一軍公式戦の当種目記録なし
通算 — 全所属球団 7 1 1 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 1 0 .000 .000 .000 .000

年齢は各成績年度の翌年4月1日時点の満年齢。通算と生年月日未確認の場合は「—」。

一軍年度別・通算はNPB公式の全掲載項目を使用し、同年移籍は球団別に表示します。2003年以前の指名組のため二軍成績は掲載しません。

原表の空欄・非掲載・本人行なしを区別します。

1990年新人資料には掲載されるが、公式選手名簿の初選手年は1991年。初期登録区分は未確認のため1990年を補間しない。

吉岡と大野は投手指名/初期登録後に野手へ移り、一軍実投球はなく実打撃だけを掲載。佐藤は投手から内野手の登録資料があるが実投打は無行なので打撃表を追加せず投球状態と守備coverageを掲載。普通投手の付随打撃は内部のみ。

OPSは整数原値から出塁率と長打率を計算・加算し、最後に小数第3位へ四捨五入した独自計算値です。

打撃成績の出典:12345678910

守備成績(クリックで開閉)
大野和哉 守備成績(年度別・守備位置別)
年度 年齢 所属球団 守備位置 一軍
試合 刺殺 補殺 失策 併殺 守備率
1991 20 読売 — 確認した守備表に本人の記録なし
1992 21 — 確認した守備表に本人の記録なし
1993 22 — 確認した守備表に本人の記録なし
1994 23 — 確認した守備表に本人の記録なし
1995 24 — 確認した守備表に本人の記録なし
1996 25 外野手 2 0 0 0 0 .000
1997 26 2 0 0 0 0 .000
1998 27 — 確認した守備表に本人の記録なし
1999 28 — 確認した守備表に本人の記録なし

年齢は各成績年度の翌年4月1日時点の満年齢。通算と生年月日未確認の場合は「—」。

守備は年度・球団・守備位置ごとの原掲載項目を使用しています。原表の空欄や非掲載を0で補わず、位置別の試合数を合算しません。

2004年以前の守備は2689webの年度別原表を参照しています。原サイトにない項目は補いません。

1990年新人資料には掲載されるが、公式選手名簿の初選手年は1991年。初期登録区分は未確認のため1990年を補間しない。

吉岡と大野は投手指名/初期登録後に野手へ移り、一軍実投球はなく実打撃だけを掲載。佐藤は投手から内野手の登録資料があるが実投打は無行なので打撃表を追加せず投球状態と守備coverageを掲載。普通投手の付随打撃は内部のみ。

守備成績の出典:123456789

ドラフト外の大野和哉は加入当初の名簿では投手だったが、内野手、外野手として掲載されるようになった。一軍の実績は1996年2試合、1997年5試合の打撃側記録だけで、通算7試合1打数0安打。一軍の出場自体は果たしたものの、打席を重ねるところには届かなかった。公式選手在籍は1991〜1999年巨人の9年間である。

総括 移籍後の成長とドラフト外の働き

上位2人が巨人の一軍で大きな実績を残した年ではない。吉岡の打撃は近鉄と楽天で伸び、川辺の一軍登板と鈴木の安打も日本ハムへの移籍後に残された。一方、巨人での成果には柏田の203登板があり、出口も移籍先まで出場を続けた。通常指名だけでは捉えられないドラフト外の働きと、移籍後の伸びの両方が、この年の選手たちを評価するうえで欠かせない。

成績の読み方と資料

  • 表はNPB全所属球団の一軍公式値。対象選手のNPB選手在籍は終了しており、2026年の追加成績はない。本年は二軍全年度を対象外とし、海外・独立リーグの表も含めない。投球回⅓・⅔は1・2アウト。空欄や「-」は0へ置き換えず、未掲載率やOPSを補わない。
  • 1990新人表には本対象12人と外国人M.ブラウンが載る。吉岡・佐久間・浅野・佐藤・柏田・米倉・出口・大野は公式名簿で確認できる選手年が1991年からで、1990年の初期登録区分を通常年表へ補間していない。補完名鑑の新人年数と正式登録年を同一視しない。
  • 川辺・吉岡は1991年の公式準支配下を両表に明示。補完名鑑1990にも両者の準支配下という記載があるが、川辺の公式1990年は区分明記なし、吉岡は同年自体が欠年であり、公式記載と二次の区分を混同しない。
  • 川辺は1995年から川邉、佐久間は1993年まで浩一・1996年から博千、浅野は1991智治・1992〜1994友晴・1995〜1996智治・1997年以降伴治、出口は1994年9月9日から雄大という公式記載に従う。日刊一覧の浅野伴治は後年名で、指名当時の浅野智治と別人にはしない。
  • 吉岡は1990〜1992年資料で投手、1993年資料で内野手。大野は1990・1991年投手、1992年内野手、1993年外野手という区分を照合。佐藤は1991所属表が内野手、同年補完名鑑は投手、1992補完名鑑は内野手で、正確な転向年は断定しない。吉岡・大野の実打撃を掲載し、一軍未出場の佐藤には投打の架空0表を作らない。
  • 佐久間の補完名鑑には1989外とあるが、日刊・ドラフトHP・野球DBは4位で一致し本指名として採用する。補完名鑑の吉岡佑弐表記に対し、本人NPB・公式名簿の雄二を採用し、未確認の改名期間は補わない。野球DBの出口通算2安打という表示は本人公式129安打と違うため、統計には用いていない。
  • 大森1998年は巨人・近鉄の両在籍で、一軍実績は近鉄のみ。佐久間1994・1995年や柏田1997年を架空のNPB未出場年として作らない。最終一軍出場年で在籍を切らず、大森1999年・鈴木1997〜1998年・柏田2005年など確認できる未出場選手年も含める。
  • 吉岡2001年の公式打席538は打数・四球・死球・犠打・犠飛の合計537より1多く、通算3637も合計3636より1多い。公式打席数を保持し、差の原因は未確認で推測しない。
  • 完全な当時の全契約公示は未取得。公開指名資料、翌新人表、本人NPBプロフィール、NPB在籍名簿、補完名鑑を突合し、未確定の登録区分と確認事実を分けている。

指名資料:日刊スポーツ 1989年、ドラフト会議ホームページ、野球DB 1989年。新人境界:1990年巨人所属名簿、1990年補完名鑑。会議日:球団公式ドラフト年表。

タイトルとURLをコピーしました