1990巨人ドラフト選手成績分析 元木大介と吉原孝介、4位阿部茂樹の一軍1試合

巨人

YOMIURI GIANTS DRAFT HISTORY · 1990

元木の長期出場、吉原の3球団での歩み、下位選手の実出場を追う

対象:1990年ドラフト・関連指名外/1991年加入組 資料確認日:2026年10月31日

1990年の巨人は元木大介、吉原孝介、藤崎靖彦、阿部茂樹、原正俊、内田大孝の6人を指名し、全員が加入した。指名外では秋葉直樹も加わる。通算1205試合の元木、3球団で303試合に出た吉原に対し、下位の一軍出場は阿部の1試合に限られた。順位だけでなく、実際に得た出場量と移籍後の経歴から振り返る。

1990 YOMIURI GIANTS DRAFT

1位

元木大介

指名・入団
1990年巨人 1位指名/1991年入団
守備位置
内野手
投打
右投右打
生年月日
1971年12月30日
指名・入団前の経歴
上宮高
NPB在籍
1991–2005年 読売
身長・体重
180cm/83kg(NPB掲載値)
打撃成績(クリックで開閉)
元木大介 打撃成績(年度別・通算)
年度 年齢 所属球団 一軍
試合 打席 打数 得点 安打 二塁打 三塁打 本塁打 塁打 打点 盗塁 盗塁刺 犠打 犠飛 四球 死球 三振 併殺打 打率 長打率 出塁率 OPS
1991 20 読売 一軍公式戦の当種目記録なし
1992 21 34 72 59 7 11 2 0 0 13 2 2 2 2 0 10 1 15 2 .186 .220 .314 .535
1993 22 80 222 186 25 44 7 1 4 65 15 1 3 3 0 32 1 25 7 .237 .349 .352 .701
1994 23 90 248 218 26 61 6 0 4 79 25 1 2 6 1 21 2 23 3 .280 .362 .347 .709
1995 24 67 219 197 13 48 11 1 3 70 25 5 3 5 1 15 1 23 5 .244 .355 .299 .654
1996 25 91 326 288 34 66 14 1 9 109 35 3 2 6 4 25 3 51 5 .229 .378 .294 .672
1997 26 101 337 312 33 88 10 1 9 127 32 1 1 7 2 14 2 46 6 .282 .407 .315 .722
1998 27 114 456 397 49 118 18 3 9 169 55 3 2 6 3 45 5 56 18 .297 .426 .373 .799
1999 28 114 372 327 28 75 12 0 6 105 34 0 1 8 1 36 0 49 11 .229 .321 .305 .626
2000 29 114 353 310 40 85 17 0 5 117 29 0 2 7 1 34 1 47 7 .274 .377 .347 .724
2001 30 123 441 391 51 114 16 3 9 163 39 3 0 9 2 37 2 51 13 .292 .417 .354 .771
2002 31 121 381 343 39 88 12 1 6 120 52 1 0 8 5 23 0 58 19 .257 .350 .299 .649
2003 32 60 153 143 11 32 9 0 0 41 14 0 0 3 0 5 2 19 6 .224 .287 .260 .547
2004 33 55 128 121 11 29 5 0 2 40 13 0 1 0 1 6 0 24 3 .240 .331 .273 .604
2005 34 41 120 105 9 32 4 0 0 36 8 1 1 4 1 9 1 21 2 .305 .343 .362 .705
通算 — 全所属球団 1205 3828 3397 376 891 143 11 66 1254 378 21 20 74 22 312 21 508 107 .262 .369 .326 .695

年齢は各成績年度の翌年4月1日時点の満年齢。通算と生年月日未確認の場合は「—」。

一軍年度別・通算はNPB公式の全掲載項目を使用し、同年移籍は球団別に表示します。2003年以前の指名組のため二軍成績は掲載しません。

原表の空欄・非掲載・本人行なしを区別します。

全52選手年・53球団年の全NPB一軍投打と年度守備。1990年指名なので全キャリア二軍なし。元木・吉原の専任コーチ年は選手年に含めない。 元木2005年の年度守備はNPB公式全掲載7列(非捕手の捕逸は空欄)を採用。吉原2005・2006年は本人打撃頁の最終2004年で打ち切らず、選手籍のある両年の公式全位置表を確認したうえで本人行なしを区別する。

資料差:2002の打席は公式原値381、整数成分からの再計算は379。原値を保持し原因は断定していません。

資料差:通算の打席は公式原値3828、整数成分からの再計算は3826。原値を保持し原因は断定していません。

元木2002年の公式打席381は打数・四球・死球・犠打・犠飛の小計379より2多く、通算も同じ差がある。二次年度表の別列「妨」2はこの差と一致する。公式本人表に同列はないため公式打席原値をそのまま保持する。

以下の出典には、この年の指名・獲得区分や在籍名簿の照合資料も含みます。

OPSは整数原値から出塁率と長打率を計算・加算し、最後に小数第3位へ四捨五入した独自計算値です。

打撃成績の出典:123456789101112131415161718192021222324252627282930313233343536373839404142434445464748495051525354

守備成績(クリックで開閉)
元木大介 守備成績(年度別・守備位置別)
年度 年齢 所属球団 守備位置 一軍
試合 刺殺 補殺 失策 併殺 守備率 捕逸
1991 20 読売 — 確認した守備表に本人の記録なし
1992 21 二塁手 13 19 21 0 2 1.000 —
遊撃手 14 10 24 6 0 .850 —
1993 22 三塁手 6 2 12 1 3 .933 —
二塁手 51 74 114 2 21 .989 —
遊撃手 15 6 6 1 3 .923 —
1994 23 三塁手 21 6 16 2 0 .917 —
二塁手 57 97 141 2 29 .992 —
遊撃手 9 10 16 0 3 1.000 —
1995 24 三塁手 6 1 2 1 0 .750 —
二塁手 47 68 87 4 18 .975 —
遊撃手 19 30 56 1 8 .989 —
1996 25 三塁手 8 3 5 1 0 .889 —
二塁手 77 188 222 2 57 .995 —
遊撃手 16 14 22 1 6 .973 —
1997 26 三塁手 42 23 64 4 6 .956 —
二塁手 35 72 90 1 22 .994 —
遊撃手 28 33 50 0 13 1.000 —
1998 27 三塁手 60 45 64 5 8 .956 —
二塁手 15 26 35 0 5 1.000 —
遊撃手 51 74 115 2 27 .990 —
1999 28 三塁手 88 55 117 4 10 .977 —
二塁手 11 20 25 1 5 .978 —
外野手 1 2 0 0 0 1.000 —
遊撃手 4 6 10 0 2 1.000 —
2000 29 一塁手 6 15 1 0 1 1.000 —
三塁手 34 15 25 1 1 .976 —
二塁手 7 14 11 0 2 1.000 —
外野手 28 15 0 0 0 1.000 —
遊撃手 54 67 98 7 22 .959 —
2001 30 一塁手 1 1 0 0 0 1.000 —
三塁手 19 4 13 0 1 1.000 —
二塁手 3 2 2 0 1 1.000 —
外野手 35 39 3 0 1 1.000 —
遊撃手 83 92 194 4 42 .986 —
2002 31 一塁手 19 93 3 0 3 1.000 —
三塁手 60 28 67 6 5 .941 —
二塁手 27 35 62 0 11 1.000 —
遊撃手 30 41 63 0 13 1.000 —
2003 32 一塁手 11 27 2 0 1 1.000 —
三塁手 42 18 41 1 3 .983 —
二塁手 16 25 49 0 8 1.000 —
遊撃手 1 0 0 0 0 .000 —
2004 33 三塁手 5 1 0 1 0 .500 —
二塁手 1 2 5 0 1 1.000 —
遊撃手 23 32 63 1 13 .990 —
2005 34 一塁手 11 66 0 0 7 1.000
三塁手 8 4 6 0 2 1.000
二塁手 13 22 29 2 7 .962
遊撃手 1 0 0 0 0 .000

年齢は各成績年度の翌年4月1日時点の満年齢。通算と生年月日未確認の場合は「—」。

守備は年度・球団・守備位置ごとの原掲載項目を使用しています。原表の空欄や非掲載を0で補わず、位置別の試合数を合算しません。

2004年以前の守備は2689webの年度別原表を参照しています。原サイトにない項目は補いません。

全52選手年・53球団年の全NPB一軍投打と年度守備。1990年指名なので全キャリア二軍なし。元木・吉原の専任コーチ年は選手年に含めない。 元木2005年の年度守備はNPB公式全掲載7列(非捕手の捕逸は空欄)を採用。吉原2005・2006年は本人打撃頁の最終2004年で打ち切らず、選手籍のある両年の公式全位置表を確認したうえで本人行なしを区別する。

守備成績の出典:12345678910111213141516

上宮高卒の元木は、1990年の1位指名で巨人に入った。1991年は一軍出場がなく、翌1992年に34試合、72打席、11安打を記録した。1993年には80試合、222打席、44安打、4本塁打へと出場が増え、1994年も90試合、61安打、打率.280を残している。最初から多くの打席を得たわけではないが、一軍初出場後は年々まとまった打撃機会を得ていった。

1995年は67試合、48安打と前年を下回ったが、1996年は91試合、326打席、9本塁打、35打点だった。打率.229でも、前年の3本塁打から長打を増やしている。1997年には初めて年間100試合を超える101試合に出場し、88安打、打率.282を記録した。1997年から2002年までの6年間は、毎年100試合以上に出場している。

打撃機会が最も多かったのは1998年で、114試合、456打席、397打数118安打、9本塁打、55打点、打率.297。打席、安打、打点は自身最多だった。1999年は同じ114試合でも75安打、打率.229に下がり、2000年には85安打、打率.274へ戻している。同じ出場試合数でも、年ごとの打席数や安打の積み上がり方は一定ではない。

2001年は自己最多の123試合に出場し、441打席、114安打、9本塁打、39打点、打率.292を残した。2002年にも121試合、88安打、52打点を記録する。通算66本塁打に対して年間の最多は9本で、二桁本塁打の年はない。大量の本塁打を打つ打者とは異なり、複数年にわたり100試合以上の出場と打席を積み重ねたことが、元木の実績の中心である。

2003年以降は60試合、55試合、41試合と出場数が減った。最終年の2005年は105打数32安打、打率.305だったが、120打席という規模も併せて読む必要がある。巨人での選手在籍は1991年から2005年の15年間。一軍では1992年から14年続けて出場し、通算1205試合、3828打席、891安打、66本塁打、378打点、打率.262を残した。全て巨人での記録であり、同期の中では出場量、打撃成績ともに最も大きな存在だった。

1990 YOMIURI GIANTS DRAFT

2位

吉原孝介

指名・入団
1990年巨人 2位指名/1991年入団
守備位置
捕手
投打
右投右打
生年月日
1969年3月29日
指名・入団前の経歴
岡山東商 → 川崎製鉄水島
NPB在籍
1991–1999年 読売、1999–2000年 中日、2001–2006年 オリックス
身長・体重
176cm/77kg(NPB掲載値)
打撃成績(クリックで開閉)
吉原孝介 打撃成績(年度別・通算)
年度 年齢 所属球団 一軍
試合 打席 打数 得点 安打 二塁打 三塁打 本塁打 塁打 打点 盗塁 盗塁刺 犠打 犠飛 四球 死球 三振 併殺打 打率 長打率 出塁率 OPS
1991 23 読売 35 64 58 7 9 2 0 1 14 1 3 1 2 0 1 3 14 1 .155 .241 .210 .451
1992 24 49 88 74 11 20 2 0 0 22 8 2 0 2 0 12 0 17 3 .270 .297 .372 .669
1993 25 39 92 85 5 19 6 0 1 28 7 0 0 5 0 2 0 20 1 .224 .329 .241 .571
1994 26 一軍公式戦の当種目記録なし
1995 27 21 20 18 3 1 0 0 0 1 1 0 0 1 1 0 0 4 1 .056 .056 .053 .108
1996 28 25 24 21 4 7 1 0 1 11 3 1 0 1 0 1 1 5 0 .333 .524 .391 .915
1997 29 26 49 43 5 7 2 0 0 9 1 0 0 2 0 3 1 12 2 .163 .209 .234 .443
1998 30 35 68 62 8 15 1 0 1 19 4 0 0 1 1 4 0 10 2 .242 .306 .284 .590
1999 31 6 5 5 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 .000 .000 .000 .000
中日 7 9 9 1 2 0 0 0 2 0 0 0 0 0 0 0 4 0 .222 .222 .222 .444
2000 32 17 23 21 5 7 2 0 0 9 0 0 0 0 0 2 0 6 0 .333 .429 .391 .820
2001 33 オリックス 23 30 26 3 6 1 0 0 7 2 1 0 3 0 1 0 6 2 .231 .269 .259 .528
2002 34 10 9 8 1 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 1 0 3 0 .000 .000 .111 .111
2003 35 2 3 2 1 1 0 0 0 1 0 0 0 0 0 1 0 0 0 .500 .500 .667 1.167
2004 36 8 8 8 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 2 0 .000 .000 .000 .000
2005 37 一軍公式戦の当種目記録なし
2006 38 一軍公式戦の当種目記録なし
通算 — 全所属球団 303 492 440 54 94 17 0 4 123 27 7 1 17 2 28 5 103 12 .214 .280 .267 .547
巨人計 — 読売 236 410 366 43 78 14 0 4 104 25 6 1 14 2 23 5 82 10 .213 .284 .268 .552

年齢は各成績年度の翌年4月1日時点の満年齢。通算と生年月日未確認の場合は「—」。

一軍年度別・通算はNPB公式の全掲載項目を使用し、同年移籍は球団別に表示します。2003年以前の指名組のため二軍成績は掲載しません。

原表の空欄・非掲載・本人行なしを区別します。

巨人計は、公式年度別の読売在籍分を独自集計した小計です。全所属球団の公式通算とは区別しています。

吉原1999年は読売と中日の2球団を別行で扱い、年単位で片方を落としたり二重通算を加えない。2001–2004年オリックス・ブルーウェーブと2005–2006年オリックス・バファローズは実年度の別原表を使用し、2004年以前の近鉄と混同しない。 元木2005年の年度守備はNPB公式全掲載7列(非捕手の捕逸は空欄)を採用。吉原2005・2006年は本人打撃頁の最終2004年で打ち切らず、選手籍のある両年の公式全位置表を確認したうえで本人行なしを区別する。

OPSは整数原値から出塁率と長打率を計算・加算し、最後に小数第3位へ四捨五入した独自計算値です。

打撃成績の出典:123456789101112131415161718

守備成績(クリックで開閉)
吉原孝介 守備成績(年度別・守備位置別)
年度 年齢 所属球団 守備位置 一軍
試合 刺殺 補殺 失策 併殺 守備率 捕逸
1991 23 読売 捕手 33 165 6 2 3 .988 2
1992 24 41 201 18 3 5 .986 4
1993 25 38 206 22 0 4 1.000 1
1994 26 — 確認した守備表に本人の記録なし
1995 27 捕手 16 36 3 0 0 1.000 1
1996 28 22 71 6 3 0 .963 1
1997 29 24 108 12 1 1 .992 1
1998 30 25 103 2 0 1 1.000 1
1999 31 5 11 0 0 0 1.000 0
中日 6 17 0 0 0 1.000 0
2000 32 15 45 3 0 1 1.000 0
2001 33 オリックス 19 45 7 1 0 .981 1
2002 34 7 12 3 1 0 .938 0
2003 35 2 1 0 0 0 1.000 0
2004 36 8 19 1 1 0 .952 1
2005 37 — 確認した守備表に本人の記録なし
2006 38 — 確認した守備表に本人の記録なし

年齢は各成績年度の翌年4月1日時点の満年齢。通算と生年月日未確認の場合は「—」。

守備は年度・球団・守備位置ごとの原掲載項目を使用しています。原表の空欄や非掲載を0で補わず、位置別の試合数を合算しません。

2004年以前の守備は2689webの年度別原表を参照しています。原サイトにない項目は補いません。

吉原1999年は読売と中日の2球団を別行で扱い、年単位で片方を落としたり二重通算を加えない。2001–2004年オリックス・ブルーウェーブと2005–2006年オリックス・バファローズは実年度の別原表を使用し、2004年以前の近鉄と混同しない。 元木2005年の年度守備はNPB公式全掲載7列(非捕手の捕逸は空欄)を採用。吉原2005・2006年は本人打撃頁の最終2004年で打ち切らず、選手籍のある両年の公式全位置表を確認したうえで本人行なしを区別する。

守備成績の出典:12345678910111213141516171819

2位の吉原は岡山東商から川崎製鉄水島を経た捕手で、1991年の初年度から35試合、64打席に出場した。58打数9安打、1本塁打、打率.155。元木がまだ一軍に出ていない年に、一軍の試合と打席を経験している。1992年は49試合、88打席、20安打、打率.270と前年を上回り、試合数と安打数はこの年が生涯最多となった。

1993年は39試合、自己最多の92打席、19安打、1本塁打、7打点だった。1994年には一軍出場がなく、1995年も21試合で1安打にとどまる。その後は1996年に25試合、7安打、1本塁打、1998年には35試合、15安打、1本塁打を記録した。1996年の打率.333は21打数での数字であり、通年の主力捕手のような打席量ではない。

1999年途中に中日へ移り、この年は巨人で6試合5打席、中日で7試合9打席に出場した。翌2000年も中日で17試合、7安打を残している。巨人時代の通算は236試合、78安打、4本塁打。中日では2年で24試合、9安打だった。獲得球団を離れた後も一軍出場は続いたが、年間の打席数が増大したわけではなかった。

2001年からはオリックスに所属し、同年23試合、6安打、2打点を記録。2002年は10試合、2003年は2試合、2004年は8試合に出場した。2005・2006年も選手として在籍したが一軍出場はない。オリックスでは計43試合、7安打で、全NPBの通算は303試合、492打席、94安打、4本塁打、27打点、打率.214となる。年間100打席に達した年はなく、長い選手期間と出場試合数に比べて、打撃機会は限られていた。

1990 YOMIURI GIANTS DRAFT

3位

藤崎靖彦

指名・入団
1990年巨人 3位指名/1991年入団
守備位置
外野手
投打
右投右打
生年月日
1968年7月11日
指名・入団前の経歴
豊国学園高 → 新日鉄八幡
NPB在籍
1991–1992年 読売
身長・体重
183cm/78kg(1991年補完名鑑掲載値)
打撃成績(クリックで開閉)
藤崎靖彦 打撃成績(年度別・通算)
年度 年齢 所属球団 一軍
試合 打席 打数 得点 安打 二塁打 三塁打 本塁打 塁打 打点 盗塁 盗塁刺 犠打 犠飛 四球 死球 三振 併殺打 打率 長打率 出塁率 OPS
1991 23 読売 一軍公式戦の当種目記録なし
1992 24 一軍公式戦の当種目記録なし
通算 — 全所属球団 一軍公式戦の当種目記録なし

年齢は各成績年度の翌年4月1日時点の満年齢。通算と生年月日未確認の場合は「—」。

一軍年度別・通算はNPB公式の全掲載項目を使用し、同年移籍は球団別に表示します。2003年以前の指名組のため二軍成績は掲載しません。

原表の空欄・非掲載・本人行なしを区別します。

藤崎・原・内田・秋葉はNPB公式名簿に実hrefなし。完全DOB・投打・体格を今回再確認した二次個人名鑑に基づき、NPB公式プロフィールとは区別する。年齢はそのDOBによる翌年4月1日時点。

OPSは整数原値から出塁率と長打率を計算・加算し、最後に小数第3位へ四捨五入した独自計算値です。

打撃成績の出典:123

守備成績(クリックで開閉)
藤崎靖彦 守備成績(年度別・守備位置別)
年度 年齢 所属球団 守備位置 一軍
試合 刺殺 補殺 失策 併殺 守備率 捕逸
1991 23 読売 — 確認した守備表に本人の記録なし
1992 24 — 確認した守備表に本人の記録なし

年齢は各成績年度の翌年4月1日時点の満年齢。通算と生年月日未確認の場合は「—」。

守備は年度・球団・守備位置ごとの原掲載項目を使用しています。原表の空欄や非掲載を0で補わず、位置別の試合数を合算しません。

2004年以前の守備は2689webの年度別原表を参照しています。原サイトにない項目は補いません。

藤崎・原・内田・秋葉はNPB公式名簿に実hrefなし。完全DOB・投打・体格を今回再確認した二次個人名鑑に基づき、NPB公式プロフィールとは区別する。年齢はそのDOBによる翌年4月1日時点。

守備成績の出典:12

3位の藤崎は豊国学園高から新日鉄八幡を経た外野手だった。1991年の新人表には背番号51で掲載され、NPB公式名簿でも1991・1992年の巨人在籍が確認できる。一軍公式戦への出場はない。社会人から加わった点では吉原と共通するが、初年度から一軍に出た吉原とは違い、確認できる2年間に一軍の打席を得るには至らなかった。

1990 YOMIURI GIANTS DRAFT

4位

阿部茂樹

指名・入団
1990年巨人 4位指名/1991年入団
守備位置
捕手
投打
右投右打
生年月日
1972年7月5日
指名・入団前の経歴
秋田高
NPB在籍
1991–1997年 読売、1998–2001年 ヤクルト(1991年は準支配下)
身長・体重
180cm/84kg(NPB掲載値)
打撃成績(クリックで開閉)
阿部茂樹 打撃成績(年度別・通算)
年度 年齢 所属球団 一軍
試合 打席 打数 得点 安打 二塁打 三塁打 本塁打 塁打 打点 盗塁 盗塁刺 犠打 犠飛 四球 死球 三振 併殺打 打率 長打率 出塁率 OPS
1991 19 読売 一軍公式戦の当種目記録なし
1992 20 一軍公式戦の当種目記録なし
1993 21 一軍公式戦の当種目記録なし
1994 22 一軍公式戦の当種目記録なし
1995 23 一軍公式戦の当種目記録なし
1996 24 一軍公式戦の当種目記録なし
1997 25 一軍公式戦の当種目記録なし
1998 26 ヤクルト 一軍公式戦の当種目記録なし
1999 27 1 1 1 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 .000 .000 .000 .000
2000 28 一軍公式戦の当種目記録なし
2001 29 一軍公式戦の当種目記録なし
通算 — 全所属球団 1 1 1 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 .000 .000 .000 .000
巨人計 — 読売 一軍公式戦の当種目記録なし

年齢は各成績年度の翌年4月1日時点の満年齢。通算と生年月日未確認の場合は「—」。

一軍年度別・通算はNPB公式の全掲載項目を使用し、同年移籍は球団別に表示します。2003年以前の指名組のため二軍成績は掲載しません。

原表の空欄・非掲載・本人行なしを区別します。

巨人計は、公式年度別の読売在籍分を独自集計した小計です。全所属球団の公式通算とは区別しています。

阿部・原・内田・秋葉の1991年はNPB名簿が準支配下(準支)と明記して在籍に含める。後年の育成ドラフト制度に読み替えない。

OPSは整数原値から出塁率と長打率を計算・加算し、最後に小数第3位へ四捨五入した独自計算値です。

打撃成績の出典:123456789101112

守備成績(クリックで開閉)
阿部茂樹 守備成績(年度別・守備位置別)
年度 年齢 所属球団 守備位置 一軍
試合 刺殺 補殺 失策 併殺 守備率 捕逸
1991 19 読売 — 確認した守備表に本人の記録なし
1992 20 — 確認した守備表に本人の記録なし
1993 21 — 確認した守備表に本人の記録なし
1994 22 — 確認した守備表に本人の記録なし
1995 23 — 確認した守備表に本人の記録なし
1996 24 — 確認した守備表に本人の記録なし
1997 25 — 確認した守備表に本人の記録なし
1998 26 ヤクルト — 確認した守備表に本人の記録なし
1999 27 — 確認した守備表に本人の記録なし
2000 28 — 確認した守備表に本人の記録なし
2001 29 — 確認した守備表に本人の記録なし

年齢は各成績年度の翌年4月1日時点の満年齢。通算と生年月日未確認の場合は「—」。

守備は年度・球団・守備位置ごとの原掲載項目を使用しています。原表の空欄や非掲載を0で補わず、位置別の試合数を合算しません。

2004年以前の守備は2689webの年度別原表を参照しています。原サイトにない項目は補いません。

阿部・原・内田・秋葉の1991年はNPB名簿が準支配下(準支)と明記して在籍に含める。後年の育成ドラフト制度に読み替えない。

守備成績の出典:1234567891011

4位の阿部は秋田高出身の捕手。1991年の巨人在籍は準支配下と記録され、その後1997年まで巨人の選手年が続く。巨人では一軍出場がなく、1998年にヤクルトへ移ってから初めて一軍の記録を残した。実際に出場したのは1999年の1試合で、1打席1打数0安打だった。

ヤクルトでの選手在籍は2001年まで続くが、他の年の一軍出場はない。通算打率.000は、わずか1打数の結果であり、長い選手生活全体を測る打撃材料には乏しい。準支配下の年も含め11年間のNPB選手在籍に対し、一軍出場は1試合。この年の下位指名者で一軍に出た選手ではあるものの、多くの出場や安打を残した成功例とは分けて評価すべき規模だった。

1990 YOMIURI GIANTS DRAFT

5位

原正俊

指名・入団
1990年巨人 5位指名/1991年入団
守備位置
投手
投打
右投右打
生年月日
1971年6月29日
指名・入団前の経歴
帝京高 → 日大二高
NPB在籍
1991–1992年 読売(1991年は準支配下)
身長・体重
184cm/78kg(1991年補完名鑑掲載値)
投球成績(クリックで開閉)
原正俊 投球成績(年度別・通算)
年度 年齢 所属球団 一軍
登板 勝利 敗北 セーブ H HP 完投 完封勝 無四球 勝率 打者 投球回 安打 本塁打 四球 死球 三振 暴投 ボーク 失点 自責点 防御率
1991 20 読売 一軍公式戦の当種目記録なし
1992 21 一軍公式戦の当種目記録なし
通算 — 全所属球団 一軍公式戦の当種目記録なし

年齢は各成績年度の翌年4月1日時点の満年齢。通算と生年月日未確認の場合は「—」。

一軍年度別・通算はNPB公式の全掲載項目を使用し、同年移籍は球団別に表示します。2003年以前の指名組のため二軍成績は掲載しません。

原表の空欄・非掲載・本人行なしを区別します。

阿部・原・内田・秋葉の1991年はNPB名簿が準支配下(準支)と明記して在籍に含める。後年の育成ドラフト制度に読み替えない。 藤崎・原・内田・秋葉はNPB公式名簿に実hrefなし。完全DOB・投打・体格を今回再確認した二次個人名鑑に基づき、NPB公式プロフィールとは区別する。年齢はそのDOBによる翌年4月1日時点。

投球成績の出典:123

守備成績(クリックで開閉)
原正俊 守備成績(年度別・守備位置別)
年度 年齢 所属球団 守備位置 一軍
試合 刺殺 補殺 失策 併殺 守備率 捕逸
1991 20 読売 — 確認した守備表に本人の記録なし
1992 21 — 確認した守備表に本人の記録なし

年齢は各成績年度の翌年4月1日時点の満年齢。通算と生年月日未確認の場合は「—」。

守備は年度・球団・守備位置ごとの原掲載項目を使用しています。原表の空欄や非掲載を0で補わず、位置別の試合数を合算しません。

2004年以前の守備は2689webの年度別原表を参照しています。原サイトにない項目は補いません。

阿部・原・内田・秋葉の1991年はNPB名簿が準支配下(準支)と明記して在籍に含める。後年の育成ドラフト制度に読み替えない。 藤崎・原・内田・秋葉はNPB公式名簿に実hrefなし。完全DOB・投打・体格を今回再確認した二次個人名鑑に基づき、NPB公式プロフィールとは区別する。年齢はそのDOBによる翌年4月1日時点。

守備成績の出典:12

5位の原は、補完個人名鑑では帝京高から日大二高へ進んだ経歴を持つ投手である。1991年の新人表は背番号93。NPB公式名簿は1991年を巨人の準支配下、1992年を巨人の選手年として掲載している。両年とも一軍公式戦への出場はなく、投球成績は残っていない。初年の登録区分が阿部、内田、秋葉と共通する一方、その後に一軍登板へ結び付くことはなかった。

1990 YOMIURI GIANTS DRAFT

6位

内田大孝

指名・入団
1990年巨人 6位指名/1991年入団
守備位置
内野手
投打
右投右打
生年月日
1972年8月28日
指名・入団前の経歴
佐賀学園高
NPB在籍
1991–1993年 読売、1994–1995年 福岡ダイエー(1991年は準支配下)
身長・体重
183cm/78kg(1991年補完名鑑掲載値)
打撃成績(クリックで開閉)
内田大孝 打撃成績(年度別・通算)
年度 年齢 所属球団 一軍
試合 打席 打数 得点 安打 二塁打 三塁打 本塁打 塁打 打点 盗塁 盗塁刺 犠打 犠飛 四球 死球 三振 併殺打 打率 長打率 出塁率 OPS
1991 19 読売 一軍公式戦の当種目記録なし
1992 20 一軍公式戦の当種目記録なし
1993 21 一軍公式戦の当種目記録なし
1994 22 福岡ダイエー 一軍公式戦の当種目記録なし
1995 23 一軍公式戦の当種目記録なし
通算 — 全所属球団 一軍公式戦の当種目記録なし

年齢は各成績年度の翌年4月1日時点の満年齢。通算と生年月日未確認の場合は「—」。

一軍年度別・通算はNPB公式の全掲載項目を使用し、同年移籍は球団別に表示します。2003年以前の指名組のため二軍成績は掲載しません。

原表の空欄・非掲載・本人行なしを区別します。

阿部・原・内田・秋葉の1991年はNPB名簿が準支配下(準支)と明記して在籍に含める。後年の育成ドラフト制度に読み替えない。 藤崎・原・内田・秋葉はNPB公式名簿に実hrefなし。完全DOB・投打・体格を今回再確認した二次個人名鑑に基づき、NPB公式プロフィールとは区別する。年齢はそのDOBによる翌年4月1日時点。

OPSは整数原値から出塁率と長打率を計算・加算し、最後に小数第3位へ四捨五入した独自計算値です。

打撃成績の出典:123456

守備成績(クリックで開閉)
内田大孝 守備成績(年度別・守備位置別)
年度 年齢 所属球団 守備位置 一軍
試合 刺殺 補殺 失策 併殺 守備率 捕逸
1991 19 読売 — 確認した守備表に本人の記録なし
1992 20 — 確認した守備表に本人の記録なし
1993 21 — 確認した守備表に本人の記録なし
1994 22 福岡ダイエー — 確認した守備表に本人の記録なし
1995 23 — 確認した守備表に本人の記録なし

年齢は各成績年度の翌年4月1日時点の満年齢。通算と生年月日未確認の場合は「—」。

守備は年度・球団・守備位置ごとの原掲載項目を使用しています。原表の空欄や非掲載を0で補わず、位置別の試合数を合算しません。

2004年以前の守備は2689webの年度別原表を参照しています。原サイトにない項目は補いません。

阿部・原・内田・秋葉の1991年はNPB名簿が準支配下(準支)と明記して在籍に含める。後年の育成ドラフト制度に読み替えない。 藤崎・原・内田・秋葉はNPB公式名簿に実hrefなし。完全DOB・投打・体格を今回再確認した二次個人名鑑に基づき、NPB公式プロフィールとは区別する。年齢はそのDOBによる翌年4月1日時点。

守備成績の出典:12345

6位の内田は佐賀学園高出身の内野手で、1991年は巨人の準支配下だった。巨人では1993年まで在籍し、1994年に福岡ダイエーへ移り、1995年まで在籍した。2球団の5選手年を通じて一軍出場はなかった。高校から加入した下位選手のうち、阿部と内田は巨人を離れた後もNPBでの在籍が続いたが、移籍先で1試合に出た阿部に対し、内田は一軍の打撃記録を残さなかった。

1990 YOMIURI GIANTS DRAFT

ドラフト外

秋葉直樹

指名・入団
1990年巨人 ドラフト外/1991年入団
守備位置
投手
投打
右投右打
生年月日
1973年3月22日
指名・入団前の経歴
千葉大宮高
NPB在籍
1991年 読売(1991年は準支配下)
身長・体重
187cm/86kg(1991年補完名鑑掲載値)
投球成績(クリックで開閉)
秋葉直樹 投球成績(年度別・通算)
年度 年齢 所属球団 一軍
登板 勝利 敗北 セーブ H HP 完投 完封勝 無四球 勝率 打者 投球回 安打 本塁打 四球 死球 三振 暴投 ボーク 失点 自責点 防御率
1991 19 読売 一軍公式戦の当種目記録なし
通算 — 全所属球団 一軍公式戦の当種目記録なし

年齢は各成績年度の翌年4月1日時点の満年齢。通算と生年月日未確認の場合は「—」。

一軍年度別・通算はNPB公式の全掲載項目を使用し、同年移籍は球団別に表示します。2003年以前の指名組のため二軍成績は掲載しません。

原表の空欄・非掲載・本人行なしを区別します。

阿部・原・内田・秋葉の1991年はNPB名簿が準支配下(準支)と明記して在籍に含める。後年の育成ドラフト制度に読み替えない。 藤崎・原・内田・秋葉はNPB公式名簿に実hrefなし。完全DOB・投打・体格を今回再確認した二次個人名鑑に基づき、NPB公式プロフィールとは区別する。年齢はそのDOBによる翌年4月1日時点。

投球成績の出典:12

守備成績(クリックで開閉)
秋葉直樹 守備成績(年度別・守備位置別)
年度 年齢 所属球団 守備位置 一軍
試合 刺殺 補殺 失策 併殺 守備率 捕逸
1991 19 読売 — 確認した守備表に本人の記録なし

年齢は各成績年度の翌年4月1日時点の満年齢。通算と生年月日未確認の場合は「—」。

守備は年度・球団・守備位置ごとの原掲載項目を使用しています。原表の空欄や非掲載を0で補わず、位置別の試合数を合算しません。

2004年以前の守備は2689webの年度別原表を参照しています。原サイトにない項目は補いません。

阿部・原・内田・秋葉の1991年はNPB名簿が準支配下(準支)と明記して在籍に含める。後年の育成ドラフト制度に読み替えない。 藤崎・原・内田・秋葉はNPB公式名簿に実hrefなし。完全DOB・投打・体格を今回再確認した二次個人名鑑に基づき、NPB公式プロフィールとは区別する。年齢はそのDOBによる翌年4月1日時点。

守備成績の出典:1

千葉大宮高から指名外で加わった秋葉は、1991年の新人表では投手98として載る。NPB公式名簿が示す選手在籍は1991年巨人の準支配下1年で、一軍出場はない。本指名の原と同じく投手として加わったが、両者とも一軍の投球成績にはつながらなかった。後年の育成ドラフトとは制度の異なる時期の加入であり、この年の指名外選手としての経歴となる。

総括 元木の活躍度合と下位指名の不発

1990年の巨人は元木が準レギュラー多少レギュラーを獲得するところまで行ったものの、2位の吉原は控え捕手として時々試合に出場するくらいで、あとの選手はほぼ一軍出場なしで終わってしまった。いくら下位指名といえど、ここまで活躍した選手がいなかったのはチームとしては痛かった。そして元木も浪人までして鳴り物入りで入った割にはユーティリティー的なプレイヤーに留まってしまった感はある。主軸を打てる存在になっていればまたチームの雰囲気は変わっていたに違いない。

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