1993巨人ドラフト選手成績分析 三野勝大と柳沢裕一、5位佐藤誠は通算209登板

巨人

YOMIURI GIANTS DRAFT HISTORY · 1993

逆指名の上位2人と、岡島・佐藤が重ねた長期の登板

対象:1993年ドラフト/1994年加入組 資料確認日:2026年10月31日

1993年の巨人は、逆指名の三野勝大と柳沢裕一に続き、岡島秀樹、大畑裕勝、佐藤誠を指名し、5人全員が加入した。上位2人の一軍出場量が限られた一方、3位岡島はNPB通算549登板、5位佐藤は209登板を記録。巨人での成績だけでなく移籍後の歩みも含めると、順位と長期の成果が一致しなかった年である。

1993 YOMIURI GIANTS DRAFT

1位

三野勝大

指名・入団
1993年巨人 1位指名/1994年入団
守備位置
投手
投打
右投右打
生年月日
1971年7月6日
指名・入団前の経歴
丸亀商 → 東北福祉大
NPB在籍
1994–1999年 読売、1999–2001年 横浜
指名経緯
逆指名による1位。指名順位は通常の年次一覧どおり保持。
身長・体重
186cm/82kg(NPB掲載値)
投球成績(クリックで開閉)
三野勝大 投球成績(年度別・通算)
年度 年齢 所属球団 一軍
登板 勝利 敗北 セーブ H HP 完投 完封勝 無四球 勝率 打者 投球回 安打 本塁打 四球 死球 三振 暴投 ボーク 失点 自責点 防御率
1994 23 読売 一軍公式戦の当種目記録なし
1995 24 一軍公式戦の当種目記録なし
1996 25 一軍公式戦の当種目記録なし
1997 26 1 0 0 0 0 0 0 .000 3 1 0 0 0 0 2 0 0 0 0 0.00
1998 27 一軍公式戦の当種目記録なし
1999 28 一軍公式戦の当種目記録なし
横浜 一軍公式戦の当種目記録なし
2000 29 4 0 0 0 0 0 0 .000 27 5 10 0 2 0 9 0 1 5 5 9.00
2001 30 一軍公式戦の当種目記録なし
通算 — 全所属球団 5 0 0 0 0 0 0 .000 30 6 10 0 2 0 11 0 1 5 5 7.50
巨人計 — 読売 1 0 0 0 — — 0 0 0 — 3 1 0 0 0 0 2 0 0 0 0 0.00

年齢は各成績年度の翌年4月1日時点の満年齢。通算と生年月日未確認の場合は「—」。

一軍年度別・通算はNPB公式の全掲載項目を使用し、同年移籍は球団別に表示します。2003年以前の指名組のため二軍成績は掲載しません。

原表の空欄・非掲載・本人行なしを区別します。

巨人計は、公式年度別の読売在籍分を独自集計した小計です。全所属球団の公式通算とは区別しています。

1999年は読売から横浜へ移籍。両球団の在籍を掲載し、各種目の本人行なしを0の成績行に置き換えない。

以下の出典には、この年の指名・獲得区分や在籍名簿の照合資料も含みます。

投球成績の出典:12345678910111213141516171819202122232425262728293031323334353637383940414243444546474849505152535455565758596061626364656667

守備成績(クリックで開閉)
三野勝大 守備成績(年度別・守備位置別)
年度 年齢 所属球団 守備位置 一軍
試合 刺殺 補殺 失策 併殺 守備率
1994 23 読売 — 確認した守備表に本人の記録なし
1995 24 — 確認した守備表に本人の記録なし
1996 25 — 確認した守備表に本人の記録なし
1997 26 投手 1 0 0 0 0 .000
1998 27 — 確認した守備表に本人の記録なし
1999 28 — 確認した守備表に本人の記録なし
横浜 — 確認した守備表に本人の記録なし
2000 29 投手 4 0 0 0 0 .000
2001 30 — 確認した守備表に本人の記録なし

年齢は各成績年度の翌年4月1日時点の満年齢。通算と生年月日未確認の場合は「—」。

守備は年度・球団・守備位置ごとの原掲載項目を使用しています。原表の空欄や非掲載を0で補わず、位置別の試合数を合算しません。

2004年以前の守備は2689webの年度別原表を参照しています。原サイトにない項目は補いません。

1999年は読売から横浜へ移籍。両球団の在籍を掲載し、各種目の本人行なしを0の成績行に置き換えない。

守備成績の出典:123456789

丸亀商から東北福祉大へ進んだ三野は、逆指名による1位で巨人に入った。1994年から1996年までは一軍出場がなく、初登板は1997年の1試合。1回を投げて被安打と四球はなく、2奪三振、無失点だった。防御率0.00という数字は、このわずか1回の結果であり、多くの試合を抑えた成績ではない。

1998年にも一軍出場はなく、1999年途中に横浜へ移った。この年は巨人、横浜のいずれでも一軍に出ていない。2000年には横浜で4登板5回、9奪三振を記録したが、10被安打、5自責点で防御率9.00だった。短い投球回の中で奪三振と被安打の双方が多く、打者を抑えた場面だけでは評価できない内容である。

選手在籍は横浜の2001年まで続いたものの、同年の一軍登板はなかった。8年間のNPB選手在籍に対して、実際に投げたのは1997年と2000年だけ。通算5登板6回、0勝0敗、11奪三振、防御率7.50で、一軍投球量を継続して積み重ねるには至らなかった。

1993 YOMIURI GIANTS DRAFT

2位

柳沢裕一

指名・入団
1993年巨人 2位指名/1994年入団
守備位置
捕手
投打
右投右打
生年月日
1971年8月2日
指名・入団前の経歴
松商学園高 → 明治大
NPB在籍
1994–1999年 読売、1999–2000年 オリックス、2001–2006年 中日
指名経緯
逆指名による2位。指名順位は通常の年次一覧どおり保持。
身長・体重
180cm/75kg(NPB掲載値)
打撃成績(クリックで開閉)
柳沢裕一 打撃成績(年度別・通算)
年度 年齢 所属球団 一軍
試合 打席 打数 得点 安打 二塁打 三塁打 本塁打 塁打 打点 盗塁 盗塁刺 犠打 犠飛 四球 死球 三振 併殺打 打率 長打率 出塁率 OPS
1994 23 読売 一軍公式戦の当種目記録なし
1995 24 4 1 1 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 .000 .000 .000 .000
1996 25 一軍公式戦の当種目記録なし
1997 26 57 135 121 3 26 1 0 0 27 0 0 1 5 0 9 0 18 4 .215 .223 .269 .492
1998 27 8 12 11 2 2 0 0 0 2 0 1 0 0 0 0 1 4 0 .182 .182 .250 .432
1999 28 1 2 2 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 2 0 .000 .000 .000 .000
オリックス 4 2 2 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 1 0 .000 .000 .000 .000
2000 29 9 3 2 0 0 0 0 0 0 0 0 0 1 0 0 0 1 0 .000 .000 .000 .000
2001 30 中日 18 23 19 0 5 1 0 0 6 3 0 0 2 0 1 1 4 1 .263 .316 .333 .649
2002 31 6 5 5 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 2 0 .000 .000 .000 .000
2003 32 45 87 77 7 17 1 0 0 18 4 1 1 4 0 3 3 22 1 .221 .234 .277 .511
2004 33 38 72 62 7 15 3 0 1 21 10 1 0 2 0 6 2 24 2 .242 .339 .329 .667
2005 34 14 18 18 2 2 0 0 0 2 0 0 0 0 0 0 0 8 0 .111 .111 .111 .222
2006 35 一軍公式戦の当種目記録なし
通算 — 全所属球団 204 360 320 21 67 6 0 1 76 17 3 2 14 0 19 7 86 8 .209 .238 .269 .506
巨人計 — 読売 70 150 135 5 28 1 0 0 29 0 1 1 5 0 9 1 24 4 .207 .215 .262 .477

年齢は各成績年度の翌年4月1日時点の満年齢。通算と生年月日未確認の場合は「—」。

一軍年度別・通算はNPB公式の全掲載項目を使用し、同年移籍は球団別に表示します。2003年以前の指名組のため二軍成績は掲載しません。

原表の空欄・非掲載・本人行なしを区別します。

巨人計は、公式年度別の読売在籍分を独自集計した小計です。全所属球団の公式通算とは区別しています。

1999年は読売からオリックスへ移籍。2001年以降の中日も含め全NPB選手年を掲載し、専任コーチ年は除く。

OPSは整数原値から出塁率と長打率を計算・加算し、最後に小数第3位へ四捨五入した独自計算値です。

打撃成績の出典:123456789101112131415

守備成績(クリックで開閉)
柳沢裕一 守備成績(年度別・守備位置別)
年度 年齢 所属球団 守備位置 一軍
試合 刺殺 補殺 失策 併殺 守備率 捕逸
1994 23 読売 — 確認した守備表に本人の記録なし
1995 24 捕手 4 6 0 0 0 1.000 0
1996 25 — 確認した守備表に本人の記録なし
1997 26 捕手 53 250 25 2 4 .993 3
1998 27 8 30 1 0 0 1.000 0
1999 28 1 3 0 0 0 1.000 0
オリックス 外野手 1 1 0 0 0 1.000 —
捕手 1 1 0 0 0 1.000 0
2000 29 7 19 1 0 1 1.000 1
2001 30 中日 16 39 4 3 1 .935 2
2002 31 5 11 2 0 0 1.000 1
2003 32 43 203 8 3 0 .986 3
2004 33 35 160 10 1 2 .994 2
2005 34 14 58 8 0 0 1.000 1
2006 35 — 確認した守備表に本人の記録なし

年齢は各成績年度の翌年4月1日時点の満年齢。通算と生年月日未確認の場合は「—」。

守備は年度・球団・守備位置ごとの原掲載項目を使用しています。原表の空欄や非掲載を0で補わず、位置別の試合数を合算しません。

2004年以前の守備は2689webの年度別原表を参照しています。原サイトにない項目は補いません。

1999年は読売からオリックスへ移籍。2001年以降の中日も含め全NPB選手年を掲載し、専任コーチ年は除く。

守備成績の出典:12345678910111213141516

2位の柳沢は松商学園高から明治大を経た捕手で、三野と同じく逆指名で加入した。1994年は一軍未出場、1995年に4試合に出たが打席は1だけだった。1996年も一軍に出ず、まとまった打撃機会を得たのは1997年である。57試合、135打席、121打数26安打、打率.215を記録し、試合数、打席、安打はいずれも自己最多となった。

ただし1997年の本塁打と打点はともに0。1998年は8試合、2安打にとどまり、1999年途中にオリックスへ移った。この年は巨人1試合、オリックス4試合に出場し、2000年にもオリックスで9試合を記録した。オリックスでの2年間は計13試合に出ているが、5打席で安打はなかった。出場試合数と打撃機会の量が大きく異なる時期だった。

2001年からは中日へ移り、同年18試合、5安打、3打点を残した。2003年に45試合、17安打、4打点、2004年には38試合、15安打、1本塁打、10打点を記録している。2004年の本塁打はNPBで唯一の1本で、打点も自身最多だった。巨人で打った28安打に対し、中日では39安打を残し、通算17打点は全て中日時代のものとなった。

2006年までの13年間、3球団に選手として在籍し、通算204試合、360打席、67安打、1本塁打、17打点、打率.209。年間100打席を超えたのは1997年だけである。長い在籍の中で一軍出場をつないだものの、打線の中心を担うほどの打席量ではなく、移籍先でも限られた機会を積み重ねた捕手だった。

1993 YOMIURI GIANTS DRAFT

3位

岡島秀樹

指名・入団
1993年巨人 3位指名/1994年入団
守備位置
投手
投打
左投左打
生年月日
1975年12月25日
指名・入団前の経歴
東山高
NPB在籍
1994–2006年 読売、2006年 北海道日本ハム、2012年 福岡ソフトバンク、2014年 福岡ソフトバンク、2015年 横浜DeNA
身長・体重
186cm/93kg(NPB掲載値)
投球成績(クリックで開閉)
岡島秀樹 投球成績(年度別・通算)
年度 年齢 所属球団 一軍
登板 勝利 敗北 セーブ H HP 完投 完封勝 無四球 勝率 打者 投球回 安打 本塁打 四球 死球 三振 暴投 ボーク 失点 自責点 防御率
1994 19 読売 一軍公式戦の当種目記録なし
1995 20 1 0 0 0 0 0 0 .000 20 5 5 0 2 0 9 0 0 1 1 1.80
1996 21 5 1 0 0 0 0 0 1.000 60 12⅔ 13 0 9 1 8 1 0 2 1 0.71
1997 22 25 4 9 0 2 1 0 .308 477 109⅓ 92 7 59 4 102 3 0 47 42 3.46
1998 23 14 3 6 0 0 0 0 .333 273 62⅓ 61 7 32 2 54 3 1 31 30 4.33
1999 24 37 4 1 0 0 0 0 .800 275 69⅔ 42 6 28 3 77 3 0 25 23 2.97
2000 25 56 5 4 7 0 0 0 .556 300 72⅓ 53 4 31 2 102 5 0 26 25 3.11
2001 26 58 2 1 25 0 0 0 .667 281 62 62 5 39 2 70 2 0 21 19 2.76
2002 27 52 6 3 0 0 0 0 .667 231 55⅔ 42 8 22 3 58 4 0 21 21 3.40
2003 28 41 2 3 0 0 0 0 .400 177 38⅔ 45 6 20 1 29 1 0 22 21 4.89
2004 29 53 4 3 5 0 0 0 .571 192 46⅔ 33 5 20 1 53 2 0 16 16 3.09
2005 30 42 1 0 0 1 2 0 0 0 1.000 231 53 55 10 19 4 56 1 0 31 28 4.75
2006 31 一軍公式戦の当種目記録なし
日本ハム 55 2 2 4 20 22 0 0 0 .500 220 54⅔ 46 5 14 1 63 6 0 14 13 2.14
2012 37 ソフトバンク 56 0 2 9 24 24 0 0 0 .000 181 47⅔ 34 1 6 0 36 3 0 6 5 0.94
2014 39 44 4 4 0 27 31 0 0 0 .500 175 42⅔ 32 3 14 2 36 1 0 10 10 2.11
2015 40 横浜DeNA 10 0 2 0 2 2 0 0 0 .000 35 7⅓ 6 1 8 0 7 1 0 7 7 8.59
通算 — 全所属球団 549 38 40 50 74 81 2 1 0 .487 3128 739⅔ 621 68 323 26 760 36 1 280 262 3.19
巨人計 — 読売 384 32 30 37 — — 2 1 0 .516 2517 587⅓ 503 58 281 23 618 25 1 243 227 3.48

年齢は各成績年度の翌年4月1日時点の満年齢。通算と生年月日未確認の場合は「—」。

一軍年度別・通算はNPB公式の全掲載項目を使用し、同年移籍は球団別に表示します。2003年以前の指名組のため二軍成績は掲載しません。

原表の空欄・非掲載・本人行なしを区別します。

巨人計は、公式年度別の読売在籍分を独自集計した小計です。全所属球団の公式通算とは区別しています。

NPB名簿には2006年途中まで読売、その後日本ハムと記載されるが、二次年度名簿の読売には本人行がない。公式2006年の実成績は日本ハムのみ。2007–2011年・2013年はNPB在籍年へ補間しない。巨人計のH/HPは未掲載年を含むため—とし、2005年の部分値だけを全期間の合計にはしない。

投球成績の出典:123456789101112131415161718

守備成績(クリックで開閉)
岡島秀樹 守備成績(年度別・守備位置別)
年度 年齢 所属球団 守備位置 一軍
試合 刺殺 補殺 失策 併殺 守備率 捕逸
1994 19 読売 — 確認した守備表に本人の記録なし
1995 20 投手 1 0 1 0 1 1.000 —
1996 21 5 0 0 0 0 .000 —
1997 22 25 3 9 2 0 .857 —
1998 23 14 1 7 0 0 1.000 —
1999 24 37 4 7 0 0 1.000 —
2000 25 56 1 4 0 1 1.000 —
2001 26 58 1 13 0 4 1.000 —
2002 27 52 1 6 0 0 1.000 —
2003 28 41 2 3 0 0 1.000 —
2004 29 53 0 4 0 0 1.000 —
2005 30 42 2 5 0 1 1.000
2006 31 — 確認した守備表に本人の記録なし
日本ハム 投手 55 2 10 0 1 1.000
2012 37 ソフトバンク 56 3 12 0 0 1.000
2014 39 44 3 3 1 0 .857
2015 40 横浜DeNA 10 0 2 0 0 1.000

年齢は各成績年度の翌年4月1日時点の満年齢。通算と生年月日未確認の場合は「—」。

守備は年度・球団・守備位置ごとの原掲載項目を使用しています。原表の空欄や非掲載を0で補わず、位置別の試合数を合算しません。

2004年以前の守備は2689webの年度別原表を参照しています。原サイトにない項目は補いません。

NPB名簿には2006年途中まで読売、その後日本ハムと記載されるが、二次年度名簿の読売には本人行がない。公式2006年の実成績は日本ハムのみ。2007–2011年・2013年はNPB在籍年へ補間しない。巨人計のH/HPは未掲載年を含むため—とし、2005年の部分値だけを全期間の合計にはしない。

守備成績の出典:1234567891011121314151617181920212223

3位の岡島は東山高出身の左投手。1995年に1登板5回、9奪三振で一軍の記録を残し、1996年には5登板で初勝利を挙げた。投球量が大きく増えた1997年は25登板、109回⅓、4勝9敗、102奪三振、防御率3.46。2完投、1完封も記録し、この年の投球回はNPBでの自身最多だった。

1999年には37登板69回⅔、防御率2.97となり、2000年は56登板72回⅓、5勝4敗7セーブ、102奪三振を残した。2001年には自己最多の58登板、62回、25セーブ、防御率2.76。25セーブも生涯のNPB最多である。1997年より投球回が短い一方、多くの試合に登板し、試合終盤の実績を増やしたことが数字に表れている。

2006年に日本ハムへ移り、同年の一軍登板は全て移籍先でのものとなった。55登板54回⅔、2勝2敗4セーブ20ホールド、防御率2.14。巨人時代の通算618奪三振に対し、この年だけでも63奪三振を加えている。巨人での記録だけに限ると、移籍後にも続いた一軍での貢献を落としてしまう。

その後のNPB在籍では、2012年のソフトバンクで56登板47回⅔、9セーブ24ホールド、防御率0.94を記録した。2014年にも44登板42回⅔、27ホールド、防御率2.11を残す。2015年の横浜DeNAでは10登板7回⅓、防御率8.59だった。NPB全体では549登板739回⅔、38勝40敗50セーブ74ホールド、760奪三振、防御率3.19。海外での成績を加えなくても、同期では登板数と投球回が最も大きい投手である。

1993 YOMIURI GIANTS DRAFT

4位

大畑裕勝

指名・入団
1993年巨人 4位指名/1994年入団
守備位置
内野手
投打
右投左打
生年月日
1975年5月13日
指名・入団前の経歴
柳川高
NPB在籍
1994–1996年 読売
身長・体重
176cm/67kg(1994年補完名鑑掲載値)
打撃成績(クリックで開閉)
大畑裕勝 打撃成績(年度別・通算)
年度 年齢 所属球団 一軍
試合 打席 打数 得点 安打 二塁打 三塁打 本塁打 塁打 打点 盗塁 盗塁刺 犠打 犠飛 四球 死球 三振 併殺打 打率 長打率 出塁率 OPS
1994 19 読売 一軍公式戦の当種目記録なし
1995 20 一軍公式戦の当種目記録なし
1996 21 一軍公式戦の当種目記録なし
通算 — 全所属球団 一軍公式戦の当種目記録なし

年齢は各成績年度の翌年4月1日時点の満年齢。通算と生年月日未確認の場合は「—」。

一軍年度別・通算はNPB公式の全掲載項目を使用し、同年移籍は球団別に表示します。2003年以前の指名組のため二軍成績は掲載しません。

原表の空欄・非掲載・本人行なしを区別します。

公式名簿に個人成績へのリンクはなく、生年月日・投打・体格は今回確認した二次選手名鑑の値。年齢は同値から翌年4月1日時点で算出。確認した1994–1996年の年度原表に本人の投打・守備記録はない。

OPSは整数原値から出塁率と長打率を計算・加算し、最後に小数第3位へ四捨五入した独自計算値です。

打撃成績の出典:1234

守備成績(クリックで開閉)
大畑裕勝 守備成績(年度別・守備位置別)
年度 年齢 所属球団 守備位置 一軍
試合 刺殺 補殺 失策 併殺 守備率 捕逸
1994 19 読売 — 確認した守備表に本人の記録なし
1995 20 — 確認した守備表に本人の記録なし
1996 21 — 確認した守備表に本人の記録なし

年齢は各成績年度の翌年4月1日時点の満年齢。通算と生年月日未確認の場合は「—」。

守備は年度・球団・守備位置ごとの原掲載項目を使用しています。原表の空欄や非掲載を0で補わず、位置別の試合数を合算しません。

2004年以前の守備は2689webの年度別原表を参照しています。原サイトにない項目は補いません。

公式名簿に個人成績へのリンクはなく、生年月日・投打・体格は今回確認した二次選手名鑑の値。年齢は同値から翌年4月1日時点で算出。確認した1994–1996年の年度原表に本人の投打・守備記録はない。

守備成績の出典:123

4位の大畑は柳川高出身の内野手で、1994年の新人表には背番号61で載る。NPB公式名簿で確認できる巨人在籍は1994年から1996年の3年間だった。一軍公式戦への出場はなく、打撃記録も残っていない。高校から加わった岡島、佐藤と同じ獲得年だが、両投手が後年に登板を増やしたのに対し、大畑は確認できる選手期間中に一軍出場へ届かなかった。

1993 YOMIURI GIANTS DRAFT

5位

佐藤誠

指名・入団
1993年巨人 5位指名/1994年入団
守備位置
投手
投打
右投右打
生年月日
1975年6月12日
指名・入団前の経歴
駒大岩見沢高
NPB在籍
1994–2000年 読売、2001–2004年 福岡ダイエー、2005–2010年 福岡ソフトバンク
指名経緯
指名時は佐藤誠。後に佐藤充、誠を経て佐藤誠へ登録名を変更。
身長・体重
182cm/90kg(NPB掲載値)
投球成績(クリックで開閉)
佐藤誠 投球成績(年度別・通算)
年度 年齢 所属球団 一軍
登板 勝利 敗北 セーブ H HP 完投 完封勝 無四球 勝率 打者 投球回 安打 本塁打 四球 死球 三振 暴投 ボーク 失点 自責点 防御率
1994 19 読売 一軍公式戦の当種目記録なし
1995 20 一軍公式戦の当種目記録なし
1996 21 一軍公式戦の当種目記録なし
1997 22 1 0 0 0 0 0 0 .000 2 1 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0.00
1998 23 2 0 0 0 0 0 0 .000 10 2 3 0 1 0 3 0 0 3 3 13.50
1999 24 一軍公式戦の当種目記録なし
2000 25 2 0 0 0 0 0 0 .000 13 1⅔ 5 0 3 0 1 0 0 7 7 37.80
2001 26 福岡ダイエー 8 0 0 0 0 0 0 .000 57 13⅓ 15 3 6 0 5 1 0 10 8 5.40
2002 27 7 0 0 0 0 0 0 .000 23 6⅓ 4 0 2 0 2 0 0 1 1 1.42
2003 28 31 3 3 0 0 0 0 .500 190 45⅓ 45 4 18 3 32 0 0 15 15 2.98
2004 29 40 2 1 0 0 0 0 .667 188 43⅓ 50 5 14 3 19 1 0 20 18 3.74
2005 30 ソフトバンク 27 2 0 1 4 6 0 0 0 1.000 116 26 32 1 9 2 13 2 0 10 10 3.46
2006 31 17 3 0 0 1 4 0 0 0 1.000 126 31 32 2 7 2 27 1 0 8 8 2.32
2007 32 27 2 1 0 9 11 0 0 0 .667 123 28⅔ 23 3 14 4 20 0 0 13 13 4.08
2008 33 22 3 2 0 2 5 0 0 0 .600 73 17⅓ 22 1 1 0 9 0 0 11 10 5.19
2009 34 25 1 1 0 2 3 0 0 0 .500 110 23⅓ 35 5 8 0 14 1 0 18 17 6.56
2010 35 一軍公式戦の当種目記録なし
通算 — 全所属球団 209 16 8 1 18 29 0 0 0 .667 1031 239⅓ 266 24 83 14 145 6 0 116 110 4.14
巨人計 — 読売 5 0 0 0 — — 0 0 0 — 25 4⅔ 8 0 4 0 4 0 0 10 10 19.29

年齢は各成績年度の翌年4月1日時点の満年齢。通算と生年月日未確認の場合は「—」。

一軍年度別・通算はNPB公式の全掲載項目を使用し、同年移籍は球団別に表示します。2003年以前の指名組のため二軍成績は掲載しません。

原表の空欄・非掲載・本人行なしを区別します。

巨人計は、公式年度別の読売在籍分を独自集計した小計です。全所属球団の公式通算とは区別しています。

佐藤の登録名はNPB名簿の1996年まで佐藤誠、1997–2000年佐藤充、2001–2002年誠、2003年以降佐藤誠を保持。日刊の1993年5位は佐藤充、他の指名一覧は佐藤誠と記載する資料差がある。同順位・学校・NPB本人ID41543889で接続し、別人の中日佐藤充とは区別。

投球成績の出典:123456789101112131415161718

守備成績(クリックで開閉)
佐藤誠 守備成績(年度別・守備位置別)
年度 年齢 所属球団 守備位置 一軍
試合 刺殺 補殺 失策 併殺 守備率 捕逸
1994 19 読売 — 確認した守備表に本人の記録なし
1995 20 — 確認した守備表に本人の記録なし
1996 21 — 確認した守備表に本人の記録なし
1997 22 投手 1 0 1 0 0 1.000 —
1998 23 2 0 0 0 0 .000 —
1999 24 — 確認した守備表に本人の記録なし
2000 25 投手 2 1 0 0 0 1.000 —
2001 26 福岡ダイエー 8 0 3 0 2 1.000 —
2002 27 7 1 1 0 0 1.000 —
2003 28 31 6 4 0 0 1.000 —
2004 29 40 5 9 0 1 1.000 —
2005 30 ソフトバンク 27 4 4 0 0 1.000
2006 31 17 0 2 0 0 1.000
2007 32 27 3 5 1 0 .889
2008 33 22 0 5 0 0 1.000
2009 34 25 3 1 1 0 .800
2010 35 — 確認した守備表に本人の記録なし

年齢は各成績年度の翌年4月1日時点の満年齢。通算と生年月日未確認の場合は「—」。

守備は年度・球団・守備位置ごとの原掲載項目を使用しています。原表の空欄や非掲載を0で補わず、位置別の試合数を合算しません。

2004年以前の守備は2689webの年度別原表を参照しています。原サイトにない項目は補いません。

佐藤の登録名はNPB名簿の1996年まで佐藤誠、1997–2000年佐藤充、2001–2002年誠、2003年以降佐藤誠を保持。日刊の1993年5位は佐藤充、他の指名一覧は佐藤誠と記載する資料差がある。同順位・学校・NPB本人ID41543889で接続し、別人の中日佐藤充とは区別。

守備成績の出典:1234567891011121314151617181920212223

5位の佐藤は駒大岩見沢高出身の右投手。指名時は佐藤誠で、1997年から2000年には佐藤充、2001・2002年は誠、2003年から再び佐藤誠という登録名を用いた。一軍初登板は1997年の1試合1回。巨人では1998年に2登板、2000年にも2登板を記録したが、計5登板4回⅔、勝利なしにとどまった。

2001年に福岡ダイエーへ移り、同年8登板、翌2002年は7登板だった。本格的に出番を増やしたのは2003年で、31登板45回⅓、3勝3敗、防御率2.98を記録した。NPB初勝利を挙げた年であり、投球回も自身最多である。2004年には自己最多の40登板、43回⅓、2勝1敗、防御率3.74と続き、巨人時代とは異なる出場量を得た。

球団名がソフトバンクとなった2005年は27登板、2勝、1セーブ4ホールド。2006年にも17登板31回、3勝0敗、防御率2.32を記録した。2007年は27登板9ホールド、2008年は22登板、2009年は25登板と一軍出場が続いている。2003年から2009年までの7年間で16勝を挙げ、通算の勝利は全てダイエー、ソフトバンクでのものだった。

2010年も選手として在籍したが、一軍登板はなかった。NPB通算は209登板239回⅓、16勝8敗1セーブ18ホールド、145奪三振、防御率4.14。巨人での5登板に対し、移籍後は204登板を重ねている。最下位の5位指名から長い期間を経て登板を増やし、成果の大部分を別球団で残した選手である。

総括 逆指名元年不発も岡島が大成功

1位の三野はほぼ一軍登板なし、2位の柳沢も移籍後に控え捕手で活躍する程度だったが、3位岡島がリリーフとして大きく活躍、海も渡り、晩年もソフトバンクで活躍を見せた。5位佐藤も巨人では振るわなかったものの、ダイエーに移籍後活躍を見せた。この後逆指名選手が次々と活躍していく巨人だが、逆指名元年は逆指名ではない選手の方が活躍を見せるという現象が起きていたことになる。

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