1992巨人ドラフト選手成績分析 松井秀喜NPB通算332本塁打、門奈哲寛1勝、5位村田善則は302試合

巨人

YOMIURI GIANTS DRAFT HISTORY · 1992

本指名5人全加入/全5プロフィール

対象:1992年ドラフト / 資料確認日:2026年10月31日

1992年の巨人は5人を指名し、全員が入団した。松井秀喜のNPB通算332本塁打が大きな成果であることは間違いない。ただし、3位西山一宇と4位木村龍治には登板を重ねた時期があり、5位村田善則も長く捕手として在籍した。松井一人の成績で終わらせず、同じ年に加わった5人それぞれの役割と到達点を見たい。

1992 YOMIURI GIANTS DRAFT

1位

松井秀喜

指名・在籍
1992年巨人1位指名/1993年からNPB選手在籍
守備位置
内野手→外野手(指名時は内野手)
投打
右投左打
生年月日
1974年6月12日
入団前の経歴
星稜高
NPB選手在籍
読売 1993〜2002年
身長・体重
186cm/95kg(NPB掲載値)

指名時は内野手で、1993新人所属表も内野手とする一方、同年補完名鑑では外野手欄に掲載。実一軍は打撃記録のみ。正確な転向年月日を断定せず、NPB選手年1993〜2002年巨人の10年を収録する。通算332本塁打などはNPBのみの記録で、NPB外の成績や年を合算しない。

打撃成績(クリックで開閉)
松井秀喜 打撃成績(年度別・通算)
年度 年齢 所属球団 一軍
試合 打席 打数 得点 安打 二塁打 三塁打 本塁打 塁打 打点 盗塁 盗塁刺 犠打 犠飛 四球 死球 三振 併殺打 打率 長打率 出塁率 OPS
1993 19 読売 57 203 184 27 41 9 0 11 83 27 1 0 0 0 17 2 50 1 .223 .451 .296 .747
1994 20 130 569 503 70 148 23 4 20 239 66 6 3 1 4 57 4 101 12 .294 .475 .368 .843
1995 21 131 569 501 76 142 31 1 22 241 80 9 7 2 2 62 2 93 12 .283 .481 .363 .844
1996 22 130 569 487 97 153 34 1 38 303 99 7 2 0 7 71 4 98 5 .314 .622 .401 1.023
1997 23 135 596 484 93 144 18 0 37 273 103 9 3 0 6 100 6 84 5 .298 .564 .419 .984
1998 24 135 603 487 103 142 24 3 34 274 100 3 5 0 4 104 8 101 7 .292 .563 .421 .984
1999 25 135 573 471 100 143 24 2 42 297 95 0 4 0 6 93 2 99 3 .304 .631 .416 1.047
2000 26 135 590 474 116 150 32 1 42 310 108 5 2 0 7 106 2 108 1 .316 .654 .438 1.092
2001 27 140 611 481 107 160 23 3 36 297 104 3 3 0 7 120 3 96 9 .333 .617 .463 1.081
2002 28 140 623 500 112 167 27 1 50 346 107 3 4 0 3 114 6 104 4 .334 .692 .461 1.153
通算 — 全所属球団 1268 5506 4572 901 1390 245 16 332 2663 889 46 33 3 46 844 39 934 59 .304 .582 .413 .996

年齢は各成績年度の翌年4月1日時点の満年齢。通算と生年月日未確認の場合は「—」。

一軍年度別・通算はNPB公式の全掲載項目を使用し、同年移籍は球団別に表示します。2003年以前の指名組のため二軍成績は掲載しません。

原表の空欄・非掲載・本人行なしを区別します。

木村龍治に対する日刊一覧の木村竜治、松井の指名/翌新人表内野手と同年補完名鑑外野手の差は原文を保持し、改名や正確な転向日を断定しない。

資料差:1999の打席は公式原値573、整数成分からの再計算は572。原値を保持し原因は断定していません。

資料差:2000の打席は公式原値590、整数成分からの再計算は589。原値を保持し原因は断定していません。

資料差:通算の打席は公式原値5506、整数成分からの再計算は5504。原値を保持し原因は断定していません。

以下の出典には、この年の指名・獲得区分や在籍名簿の照合資料も含みます。

OPSは整数原値から出塁率と長打率を計算・加算し、最後に小数第3位へ四捨五入した独自計算値です。

打撃成績の出典:1234567891011121314151617181920212223242526272829303132333435363738

守備成績(クリックで開閉)
松井秀喜 守備成績(年度別・守備位置別)
年度 年齢 所属球団 守備位置 一軍
試合 刺殺 補殺 失策 併殺 守備率
1993 19 読売 外野手 48 68 1 1 0 .986
1994 20 130 238 6 5 1 .980
1995 21 131 260 10 3 2 .989
1996 22 130 215 10 6 2 .974
1997 23 135 287 10 7 4 .977
1998 24 135 277 12 4 1 .986
1999 25 134 240 3 1 1 .996
2000 26 135 278 7 2 1 .993
2001 27 140 278 4 6 2 .979
2002 28 140 262 5 2 0 .993

年齢は各成績年度の翌年4月1日時点の満年齢。通算と生年月日未確認の場合は「—」。

守備は年度・球団・守備位置ごとの原掲載項目を使用しています。原表の空欄や非掲載を0で補わず、位置別の試合数を合算しません。

2004年以前の守備は2689webの年度別原表を参照しています。原サイトにない項目は補いません。

木村龍治に対する日刊一覧の木村竜治、松井の指名/翌新人表内野手と同年補完名鑑外野手の差は原文を保持し、改名や正確な転向日を断定しない。

守備成績の出典:12345678910

1位松井秀喜は星稜高の内野手として指名された。実際の一軍では打者として、初年度の1993年に57試合、184打数41安打、11本塁打、27打点、打率.223を記録した。最初から高打率を残したわけではないが、高校卒業直後の段階で二桁本塁打へ届いている。

1994年には130試合、148安打、20本塁打、66打点、打率.294へ伸ばした。1995年も131試合で22本塁打、80打点。出場機会を増やすだけでなく、その中で安打と長打を積み上げる段階へ進んだ。1994年から2002年まで、9年連続で130試合以上に出場している。

1996年は38本塁打、99打点、打率.314。ここからNPB最終年の2002年まで7年連続で30本塁打を超えた。1997年に37本塁打、103打点、1998年に34本塁打、100打点を残し、1999、2000年にはともに42本塁打を記録した。2000年の108打点はNPBでの自己最多で、出場数と長打の両面で安定して大きな数字を残した時期である。

四球にも成長が表れる。1997年に100四球、2001年にはNPBでの自己最多120四球を記録した。2001年の出塁率は.463で、打率.333よりさらに高い水準で塁へ出ていた。長打力だけでなく、打てる球を待って出塁することも、打線への貢献になっている。

2002年は140試合、167安打、50本塁打、107打点、打率.334、長打率.692。安打、本塁打、打率、長打率はNPBでの自己最多・最高で、同年の最優秀選手、最多本塁打、最多打点にも選ばれた。NPBで最後の年に最大の長打数を記録した点は、入団後の成長の大きさを端的に示す。

巨人での10年間の通算は1268試合、1390安打、332本塁打、889打点、844四球、打率.304、出塁率.413。本稿の通算はNPBだけであり、海外の成績は足していない。初年の11本塁打から最後の50本塁打まで、長打力を伸ばしながら大量の出場を維持した指名だった。

1992 YOMIURI GIANTS DRAFT

2位

門奈哲寛

指名・在籍
1992年巨人2位指名/1993年からNPB選手在籍
守備位置
投手(指名・加入時)
投打
左投左打
生年月日
1970年5月30日
入団前の経歴
常葉菊川高 → 日本大
NPB選手在籍
読売 1993〜1999年
身長・体重
178cm/80kg(NPB掲載値)

日本大から入った左投手。NPB公式選手年は1993〜1999年巨人7年、実一軍登板は1993・1994・1996年。一軍出場のない1995・1997〜1999年も在籍年として保持。通算44登板・1勝はNPBのみで、海外等の成績は合算しない。普通投手の付随打撃表は非掲載。

投球成績(クリックで開閉)
門奈哲寛 投球成績(年度別・通算)
年度 年齢 所属球団 一軍
登板 勝利 敗北 セーブ H HP 完投 完封勝 無四球 勝率 打者 投球回 安打 本塁打 四球 死球 三振 暴投 ボーク 失点 自責点 防御率
1993 23 読売 33 1 2 0 0 0 0 .333 246 60 46 4 27 1 57 0 2 20 18 2.70
1994 24 6 0 1 0 0 0 0 .000 71 15⅓ 18 3 11 0 9 1 0 8 8 4.70
1995 25 一軍公式戦の当種目記録なし
1996 26 5 0 0 0 0 0 0 .000 34 7⅓ 9 1 5 0 7 2 0 5 5 6.14
1997 27 一軍公式戦の当種目記録なし
1998 28 一軍公式戦の当種目記録なし
1999 29 一軍公式戦の当種目記録なし
通算 — 全所属球団 44 1 3 0 0 0 0 .250 351 82⅔ 73 8 43 1 73 3 2 33 31 3.38

年齢は各成績年度の翌年4月1日時点の満年齢。通算と生年月日未確認の場合は「—」。

一軍年度別・通算はNPB公式の全掲載項目を使用し、同年移籍は球団別に表示します。2003年以前の指名組のため二軍成績は掲載しません。

原表の空欄・非掲載・本人行なしを区別します。

補完1993年名鑑の体格は180cm・78kg、NPB本人頁は178cm・80kg。旧プロフィールはNPB値を保持し、資料差の理由・測定時点は断定していません。

投球成績の出典:12345678

守備成績(クリックで開閉)
門奈哲寛 守備成績(年度別・守備位置別)
年度 年齢 所属球団 守備位置 一軍
試合 刺殺 補殺 失策 併殺 守備率
1993 23 読売 投手 33 2 9 0 0 1.000
1994 24 6 0 2 0 0 1.000
1995 25 — 確認した守備表に本人の記録なし
1996 26 投手 5 0 2 0 0 1.000
1997 27 — 確認した守備表に本人の記録なし
1998 28 — 確認した守備表に本人の記録なし
1999 29 — 確認した守備表に本人の記録なし

年齢は各成績年度の翌年4月1日時点の満年齢。通算と生年月日未確認の場合は「—」。

守備は年度・球団・守備位置ごとの原掲載項目を使用しています。原表の空欄や非掲載を0で補わず、位置別の試合数を合算しません。

2004年以前の守備は2689webの年度別原表を参照しています。原サイトにない項目は補いません。

補完1993年名鑑の体格は180cm・78kg、NPB本人頁は178cm・80kg。旧プロフィールはNPB値を保持し、資料差の理由・測定時点は断定していません。

守備成績の出典:1234567

2位門奈哲寛は日本大から入った左投手。1993年に33登板、60回、1勝2敗、57奪三振、防御率2.70を記録した。初年度から一軍で投げ、失点を抑える数字も残したが、登板数、投球回、奪三振はいずれもこの年が最多となった。

1994年は6登板、15回⅓、0勝1敗、防御率4.70。1995年は一軍出場がなく、1996年に5登板、7回⅓、防御率6.14を記録した。その後、公式のNPB選手在籍は1999年まで続くが、1997〜1999年の一軍登板はない。

通算は44登板、82回⅔、1勝3敗、73奪三振、防御率3.38。登板の4分の3を初年度に集中させたことからも、最初の活躍を継続できなかった歩みが見える。入団直後の一軍貢献と、その後に投球量が増えなかった点の両方を押さえる必要がある。

1992 YOMIURI GIANTS DRAFT

3位

西山一宇

指名・在籍
1992年巨人3位指名/1993年からNPB選手在籍
守備位置
投手(指名・加入時)
投打
右投右打
生年月日
1970年8月28日
入団前の経歴
高知高 → NTT四国
NPB選手在籍
読売 1993〜2003年
身長・体重
184cm/88kg(NPB掲載値)

NTT四国からの投手。NPB選手年は1993〜2003年巨人11年。実一軍のない1994・2003年も保持。投手207登板と打撃側総出場209試合(1996年34登板/36試合)を区別し、通常投手の打撃表は非掲載。実一軍最終2002年を選手在籍の最終年と混同しない。

投球成績(クリックで開閉)
西山一宇 投球成績(年度別・通算)
年度 年齢 所属球団 一軍
登板 勝利 敗北 セーブ H HP 完投 完封勝 無四球 勝率 打者 投球回 安打 本塁打 四球 死球 三振 暴投 ボーク 失点 自責点 防御率
1993 23 読売 2 0 0 0 0 0 0 .000 13 3 3 1 1 0 3 0 0 2 2 6.00
1994 24 一軍公式戦の当種目記録なし
1995 25 20 5 1 7 0 0 0 .833 129 33 19 1 9 2 18 1 0 4 2 0.55
1996 26 34 6 5 1 0 0 0 .545 276 61⅓ 62 3 35 4 37 1 0 32 30 4.40
1997 27 32 2 3 0 0 0 0 .400 231 52⅔ 58 4 21 4 38 4 2 30 29 4.96
1998 28 49 4 3 4 0 0 0 .571 324 80 75 4 20 4 67 1 2 24 22 2.48
1999 29 30 3 4 0 0 0 0 .429 195 43⅓ 55 6 20 3 29 2 0 27 27 5.61
2000 30 14 2 2 0 0 0 0 .500 169 37⅔ 46 3 12 3 24 3 0 20 18 4.30
2001 31 19 2 0 0 0 0 0 1.000 175 36 55 4 12 1 33 0 0 30 24 6.00
2002 32 7 0 0 0 0 0 0 .000 35 7⅓ 14 0 1 0 9 0 1 8 8 9.82
2003 33 一軍公式戦の当種目記録なし
通算 — 全所属球団 207 24 18 12 0 0 0 .571 1547 354⅓ 387 26 131 21 258 12 5 177 162 4.11

年齢は各成績年度の翌年4月1日時点の満年齢。通算と生年月日未確認の場合は「—」。

一軍年度別・通算はNPB公式の全掲載項目を使用し、同年移籍は球団別に表示します。2003年以前の指名組のため二軍成績は掲載しません。

原表の空欄・非掲載・本人行なしを区別します。

公式投手通算207登板と打撃側総出場209試合は別指標(1996年は34登板・36試合)。付随打撃表は掲載していません。

投球成績の出典:123456789101112

守備成績(クリックで開閉)
西山一宇 守備成績(年度別・守備位置別)
年度 年齢 所属球団 守備位置 一軍
試合 刺殺 補殺 失策 併殺 守備率
1993 23 読売 投手 2 0 0 0 0 .000
1994 24 — 確認した守備表に本人の記録なし
1995 25 投手 20 3 5 1 0 .889
1996 26 34 4 14 2 0 .900
1997 27 32 2 19 0 2 1.000
1998 28 49 6 13 0 2 1.000
1999 29 30 5 3 0 0 1.000
2000 30 14 3 6 0 0 1.000
2001 31 19 3 10 3 1 .813
2002 32 7 1 0 0 0 1.000
2003 33 — 確認した守備表に本人の記録なし

年齢は各成績年度の翌年4月1日時点の満年齢。通算と生年月日未確認の場合は「—」。

守備は年度・球団・守備位置ごとの原掲載項目を使用しています。原表の空欄や非掲載を0で補わず、位置別の試合数を合算しません。

2004年以前の守備は2689webの年度別原表を参照しています。原サイトにない項目は補いません。

守備成績の出典:1234567891011

3位西山一宇はNTT四国の右投手。1993年は2登板3回にとどまり、1994年は一軍出場がなかった。転機となった1995年は20登板33回、5勝1敗7セーブ、防御率0.55。自責点はわずか2で、限られた投球回ながら勝利とセーブの両方を挙げた。

1996年は34登板、61回⅓で自己最多の6勝を挙げた一方、5敗、防御率4.40となった。前年ほど失点を抑えたわけではないが、投げる量は増えている。1997年は32登板、防御率4.96。さらに1998年には自己最多の49登板80回、4勝3敗4セーブ、防御率2.48を記録し、投球量と成績がともに充実した。

1999年も30登板したが防御率は5.61で、その後は2000年14登板、2001年19登板、2002年7登板。NPB通算は207登板、354回⅓、24勝18敗12セーブ、防御率4.11となった。完投はなく、先発で完投を重ねた投手とは異なる形で登板を積み上げた。NPB選手年は2003年までの11年間で、最後の一軍登板後の在籍も含まれる。

1992 YOMIURI GIANTS DRAFT

4位

木村龍治

指名・在籍
1992年巨人4位指名/1993年からNPB選手在籍
守備位置
投手(指名・加入時)
投打
右投右打
生年月日
1970年9月1日
入団前の経歴
中京高 → 青山学院大
NPB選手在籍
読売 1993〜2004年
身長・体重
174cm/77kg(NPB掲載値)

本人NPB・公式在籍名簿・ドラフトHP・野球DBの名前は木村龍治。日刊一覧の木村竜治という字の違いを別人や改名と断定しない。選手年は1993〜2004年巨人12年。2005年・2009年途中・2016〜2019年巨人、2022年ロッテのコーチ年は選手在籍から除外する。1997・2004年の一軍未出場を保持、通常投手打撃非掲載。

投球成績(クリックで開閉)
木村龍治 投球成績(年度別・通算)
年度 年齢 所属球団 一軍
登板 勝利 敗北 セーブ H HP 完投 完封勝 無四球 勝率 打者 投球回 安打 本塁打 四球 死球 三振 暴投 ボーク 失点 自責点 防御率
1993 23 読売 16 0 0 0 0 0 0 .000 97 24 18 1 10 2 17 0 0 12 8 3.00
1994 24 7 0 0 0 0 0 0 .000 53 12⅓ 10 0 5 0 9 0 0 4 2 1.46
1995 25 3 0 0 0 0 0 0 .000 19 3⅓ 8 0 2 0 2 0 0 6 6 16.20
1996 26 7 0 1 0 0 0 0 .000 33 8 7 0 3 0 9 0 0 3 2 2.25
1997 27 一軍公式戦の当種目記録なし
1998 28 2 0 0 0 0 0 0 .000 9 2 3 1 1 0 2 0 0 2 2 9.00
1999 29 53 5 2 2 0 0 0 .714 249 59⅔ 56 6 19 2 31 3 2 26 25 3.77
2000 30 54 4 1 0 0 0 0 .800 206 47⅔ 45 8 16 1 38 4 0 19 15 2.83
2001 31 20 0 1 0 0 0 0 .000 92 19⅓ 30 5 4 0 12 0 0 12 12 5.59
2002 32 3 0 0 0 0 0 0 .000 12 2 5 0 1 0 1 0 0 2 2 9.00
2003 33 7 1 0 0 0 0 0 1.000 47 7⅔ 13 1 6 5 3 1 0 14 13 15.26
2004 34 一軍公式戦の当種目記録なし
通算 — 全所属球団 172 10 5 2 0 0 0 .667 817 186 195 22 67 10 124 8 2 100 87 4.21

年齢は各成績年度の翌年4月1日時点の満年齢。通算と生年月日未確認の場合は「—」。

一軍年度別・通算はNPB公式の全掲載項目を使用し、同年移籍は球団別に表示します。2003年以前の指名組のため二軍成績は掲載しません。

原表の空欄・非掲載・本人行なしを区別します。

日刊指名一覧は木村竜治、本人/公式名簿/他指名一覧は木村龍治。同順位・同大学で照合し、異人や改名と断定していません。

投球成績の出典:12345678910111213

守備成績(クリックで開閉)
木村龍治 守備成績(年度別・守備位置別)
年度 年齢 所属球団 守備位置 一軍
試合 刺殺 補殺 失策 併殺 守備率
1993 23 読売 投手 16 1 2 0 0 1.000
1994 24 7 1 2 0 0 1.000
1995 25 3 0 0 0 0 .000
1996 26 7 1 3 0 0 1.000
1997 27 — 確認した守備表に本人の記録なし
1998 28 投手 2 0 1 0 0 1.000
1999 29 53 1 16 0 0 1.000
2000 30 54 0 10 1 0 .909
2001 31 20 0 1 0 0 1.000
2002 32 3 0 1 0 0 1.000
2003 33 7 0 2 0 0 1.000
2004 34 — 確認した守備表に本人の記録なし

年齢は各成績年度の翌年4月1日時点の満年齢。通算と生年月日未確認の場合は「—」。

守備は年度・球団・守備位置ごとの原掲載項目を使用しています。原表の空欄や非掲載を0で補わず、位置別の試合数を合算しません。

2004年以前の守備は2689webの年度別原表を参照しています。原サイトにない項目は補いません。

日刊指名一覧は木村竜治、本人/公式名簿/他指名一覧は木村龍治。同順位・同大学で照合し、異人や改名と断定していません。

守備成績の出典:123456789101112

4位木村龍治は青山学院大から加入した右投手。1993年は16登板24回、防御率3.00を残したが、1994年7登板、1995年3登板、1996年7登板、1997年は一軍出場なし、1998年2登板と、一軍での投球量を増やせない年が続いた。

大きく伸びたのは入団7年目の1999年だった。53登板、59回⅔、5勝2敗2セーブ、防御率3.77を記録し、この年に初勝利を挙げた。翌2000年は自己最多の54登板、47回⅔、4勝1敗、防御率2.83。2年間で107登板、9勝を重ね、通算の投球成績の中でもこの時期の比重は大きい。

2001年は20登板、防御率5.59、2002年は3登板となり、2003年には7登板で1勝を挙げた。NPB通算は172登板、186回、10勝5敗2セーブ、防御率4.21。選手在籍は2004年まであり、入団直後だけでは判断できない、後年に一軍登板を増やした4位指名だった。

1992 YOMIURI GIANTS DRAFT

5位

村田善則

指名・在籍
1992年巨人5位指名/1993年からNPB選手在籍
守備位置
捕手(指名・加入時)
投打
右投右打
生年月日
1974年4月24日
入団前の経歴
佐世保実
NPB選手在籍
読売 1993〜2008年
身長・体重
176cm/79kg(NPB掲載値)

佐世保実業高から捕手として指名。NPB選手年は1993〜2008年巨人16年で、初一軍は1995年。1993・1994・1996年の未出場を保持し、後年のコーチ専任年を選手年へ加えない。通算302試合と686打席の規模を区別し、長期在籍をフル出場の正捕手実績と同一視しない。

打撃成績(クリックで開閉)
村田善則 打撃成績(年度別・通算)
年度 年齢 所属球団 一軍
試合 打席 打数 得点 安打 二塁打 三塁打 本塁打 塁打 打点 盗塁 盗塁刺 犠打 犠飛 四球 死球 三振 併殺打 打率 長打率 出塁率 OPS
1993 19 読売 一軍公式戦の当種目記録なし
1994 20 一軍公式戦の当種目記録なし
1995 21 1 2 2 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 1 0 .000 .000 .000 .000
1996 22 一軍公式戦の当種目記録なし
1997 23 16 50 46 3 7 0 0 0 7 1 0 0 0 0 3 1 6 1 .152 .152 .220 .372
1998 24 2 1 1 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 .000 .000 .000 .000
1999 25 41 59 55 5 13 1 0 1 17 4 0 0 0 0 2 2 11 1 .236 .309 .288 .597
2000 26 76 169 153 14 41 6 0 3 56 13 0 0 5 0 7 4 27 4 .268 .366 .317 .683
2001 27 6 7 7 0 1 0 0 0 1 0 0 0 0 0 0 0 0 0 .143 .143 .143 .286
2002 28 36 63 57 6 13 0 1 1 18 6 0 1 2 0 3 1 12 0 .228 .316 .279 .594
2003 29 58 157 135 9 20 4 0 1 27 11 1 1 4 2 11 5 28 5 .148 .200 .235 .435
2004 30 23 47 46 4 12 4 0 0 16 0 0 0 0 0 1 0 13 1 .261 .348 .277 .624
2005 31 32 107 98 5 24 5 0 0 29 7 0 0 1 1 6 1 19 8 .245 .296 .292 .588
2006 32 6 17 16 1 1 0 0 0 1 1 0 0 1 0 0 0 3 1 .063 .063 .063 .125
2007 33 1 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 .000 .000 .000 —
2008 34 4 7 4 0 0 0 0 0 0 0 0 0 2 0 1 0 1 0 .000 .000 .200 .200
通算 — 全所属球団 302 686 620 47 132 20 1 6 172 43 1 2 15 3 34 14 121 21 .213 .277 .268 .546

年齢は各成績年度の翌年4月1日時点の満年齢。通算と生年月日未確認の場合は「—」。

一軍年度別・通算はNPB公式の全掲載項目を使用し、同年移籍は球団別に表示します。2003年以前の指名組のため二軍成績は掲載しません。

原表の空欄・非掲載・本人行なしを区別します。

補完1993年名鑑の体格は176cm・77kg、NPB本人頁は176cm・79kg。旧プロフィールはNPB値を保持し、資料差の理由・測定時点は断定していません。

OPSは整数原値から出塁率と長打率を計算・加算し、最後に小数第3位へ四捨五入した独自計算値です。

打撃成績の出典:1234567891011121314151617

守備成績(クリックで開閉)
村田善則 守備成績(年度別・守備位置別)
年度 年齢 所属球団 守備位置 一軍
試合 刺殺 補殺 失策 併殺 守備率 捕逸
1993 19 読売 — 確認した守備表に本人の記録なし
1994 20 — 確認した守備表に本人の記録なし
1995 21 捕手 1 2 0 0 0 1.000 0
1996 22 — 確認した守備表に本人の記録なし
1997 23 捕手 16 87 10 0 0 1.000 2
1998 24 2 1 0 0 0 1.000 0
1999 25 外野手 1 1 0 0 0 1.000 —
捕手 29 87 11 0 0 1.000 2
2000 26 70 396 19 5 1 .988 4
2001 27 6 10 1 0 1 1.000 1
2002 28 33 122 12 1 2 .993 0
2003 29 55 339 29 2 2 .995 6
2004 30 20 102 8 3 1 .973 1
2005 31 31 238 8 0 2 1.000 2
2006 32 5 25 2 1 0 .964 0
2007 33 1 0 0 0 0 .000 0
2008 34 2 6 1 0 0 1.000 1

年齢は各成績年度の翌年4月1日時点の満年齢。通算と生年月日未確認の場合は「—」。

守備は年度・球団・守備位置ごとの原掲載項目を使用しています。原表の空欄や非掲載を0で補わず、位置別の試合数を合算しません。

2004年以前の守備は2689webの年度別原表を参照しています。原サイトにない項目は補いません。

2004年以前守備は2689web全位置原列、2005–2008年村田はNPB公式全7列を採用。捕逸値を原値のまま保持し、本人無行・位置空欄・原空欄を0と混同しない。

補完1993年名鑑の体格は176cm・77kg、NPB本人頁は176cm・79kg。旧プロフィールはNPB値を保持し、資料差の理由・測定時点は断定していません。

守備成績の出典:1234567891011121314151617181920

5位村田善則は佐世保実業高の捕手として入った。NPB初年は1993年だが、一軍初出場は1995年の1試合2打数。1997年に16試合、7安打、1998年は2試合で、すぐに多くの打席を得たわけではなかった。

1999年に41試合、13安打、1本塁打を記録し、2000年には自己最多の76試合、169打席、41安打、3本塁打、13打点、打率.268へ伸ばした。試合数だけでなく打席と打撃成績も増え、捕手として一軍で最も多く出場した年となった。

2001年は6試合に減ったが、2002年は36試合、2003年には58試合、157打席、11打点を記録した。2005年にも32試合、24安打、7打点を残している。年間の出場量には波があるものの、一軍で出番を得る年を重ねた。

通算は302試合、686打席、132安打、6本塁打、43打点、打率.213。16年間の選手在籍すべてを正捕手として過ごしたという数字ではないが、長期にわたって捕手の選択肢となった実績は残る。最後の一軍出場とNPB選手在籍はともに2008年であり、その後のコーチ歴とは区別して評価したい。

総括 圧倒的な松井の存在感とその他の選手の活躍

なんといっても松井の存在が大きい。成績が圧倒的なことは勿論のこと、ドラフトで大当たりの選手をなかなか引き当てられなかった中で大スターを獲得できたのは大きかった。また松井以外の指名選手も門奈、西山、木村、村田と、それぞれ戦力になったことは前年や前々年と大きく異なる。投手でいえば門奈は初年、西山は1995年や1998年、木村は1999〜2000年と、成績が充実した時期が同じではないという現象が起きた。

成績の読み方と資料

  • 表はNPB一軍公式値。5人のNPB選手在籍は終了しており、2026年の追加成績はない。二軍全年度と海外・独立リーグは対象外。投球回⅓・⅔は1・2アウト。空欄や「-」は0へ置き換えず、未掲載率やOPSは補わない。
  • 1992年指名一覧3資料で通常5人全員の入団を確認。翌1993新人表はこの5人と外国人J.バーフィールド、M.ブラントリーで一致し、確認した指名外資料に追加者はない。完全な当時の全契約公示は未取得であり、公開資料の照合範囲を示している。
  • 松井は指名時と1993新人所属表では内野手、1993補完名鑑では外野手。実一軍は打撃記録のみを載せる。転向年月日は未確認。NPB選手年は1993〜2002年で、2002年を生涯の引退年とはしていない。
  • 木村は本人公式・公式在籍名簿・ドラフトHP・野球DBでは龍治、日刊一覧では竜治。公式表記を採用し、未確認の改名期間を作らない。
  • 門奈の選手年は1999年、西山は2003年、木村は2004年までで、最終一軍登板年で在籍を切らない。木村の2005・2009年途中・2016〜2019年巨人と2022年ロッテ、村田の2016・2017・2020〜2025年巨人は公式名簿上のコーチ年で、選手年度へ加えない。
  • 西山の投手通算207登板と打撃側総出場209試合は異なり、1996年は34登板・36試合である。普通投手の付随打撃表は載せず、投手表の登板数へ総出場数を代入しない。
  • 松井の公式打席は1999年573、2000年590で、打数・四球・死球・犠打・犠飛の合計572、589より各1多い。通算5506も合計5504より2多い。公式打席数を保持し、差の原因は未確認で推測しない。
  • 2002年松井の最優秀選手・最多本塁打・最多打点はNPB公式の同年セ・リーグ表彰ページを照合。通算332本塁打などの記事中の通算はNPBのみである。

指名資料:日刊スポーツ 1992年、ドラフト会議ホームページ、野球DB 1992年。新人境界:1993年巨人所属名簿、1993年補完名鑑。会議日:球団公式ドラフト年表。

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